
三日堂ベトナム情報局
執筆担当
ジャアク商会ベトナム支局長
石原文春
2002年4月のバックナンバー
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●2002年04月27日(土)
4月27日(土)はれ
昨日はあれから夜の街に出た。中心部は本当に提灯の明かりだけで、ほの暗い街の上に満月が輝いている。
F3には400のネガ、Fには100のポジが入っている。でも写真を撮るのはすごく難しい。
まず露出が全然分からない。仕方なく絞りを5.6位にしてF3は8秒から1秒まで4段階、Fは1秒とバルブで5秒くらいのシャッタースピードで撮ってみた。
露光時間が長いので、その間に通行人がカメラのファインダー内を通過する。ひどいときはメインに据えている提灯の前に来ちゃったりして困る。
更にまずいことに、今回持ってきた50mm、ずっとFで使っていたヤツ、がF3に装着できない。ニコンはマウントが一緒なのでそんなことはないはず何だが、途中でひっかかって、さいごまで回ってくれない。だからF3の写真はみんな広角で撮った。
こんな条件なので1枚でもそこそこの写真が撮れていればよしとしよう。
写真を撮ってから、クマプーと「グッドモーニングベトナム」という店でピザとリゾットを食う。このリゾットがブルーチーズ味ですごくうまい。まだ体調が万全ではないので、ビールは1杯でストップ。
宿に帰ったら、日本からの水泳一行と後発の秋山が現れた。みんなが夜の街に出ていくのを横目でにらみつつ、早めに寝る。
早寝をしたので早く目が覚めた。明日も5時起きで、6時から水泳開始なので、早く起きるパターンにはまっておこうと起き出して街に出る。観光客の少ない、朝の光を浴びた街もなかなかいい。今朝はFだけもって出て残っていたフィルムを撮りきった。
これでネガを入れてばしばし撮る準備完了だ。
ちなみに昨日のところに写真を入れたが、上は満月のホイアン、下は朝のホイアンである。
今日はこれから移動して、島に向かう。島にはibookを持っていかないので、モバイル日記はしばしお休みである。
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●2002年04月26日(金)
4月26日(金)はれ
このところ風邪気味で体調が悪いが、昨日はかなりひどく悪寒がした。26日は早起きして中部の街ホイアンに行くので早く寝てしまおうとしたら、マッサージ屋が来たので、マッサージをしてもらってすぐに寝る。
5時に起きて7時の飛行機でダナンへ。今回はパシフィックエアに乗ったが、ベトナム航空もパシフィックもどうして機内サービスのコーヒーはインスタントなのだろう。コーヒーの美味しいベトナムで、朝からインスタントじゃあがっかりだ。
だからダナンからホイアンに向かう途中でフラマリゾートに寄って美味しいコーヒーを飲んだ。その後ホイアンホテルにチェックイン。
ホイアンになにをしに来たかというと、目的は4つ。
まず満月の夜に町中提灯の明かりだけになるというホイアンの街を写真に撮ること。これは今晩片づけることになる。
明日はチャム島に渡り、キャンプしてあさって朝から始まる「チャムチャネルクロッシング」の撮影。これはチャム島からホイアンまで18kmを泳ぐイベントで、日本から10人ほどの人が来る。そのサポートにクマプー他がカヌーで伴漕するが、こいつらが真っ先に遭難しそうともっぱらの評判だ。
その後、ミーソンから歩いて山を越え、温泉へ行くトレッキング。最後はホイアンからタムキーまで海岸沿いに続く川というか水たまりをカヌーで走破。これはたぶん途中リタイヤだろうともっぱらの評判だ。
昼飯はホイアンリバーサイドリゾートへ。スケッチの広告の話その他で行ったので、ホテルのおごりで美味しいベトナム料理を食べビールを飲んだ。体調が悪いのに飲んだビールが効いて、頭が痛くなってきたので、ホテルに帰って昼寝をし、午後のホイアンをぶらついた。
今午後6時過ぎ。日が暮れると同時くらいに満月が上がるはずなので、これからシャワーを浴びてカメラ2台、レンズ4本、3脚のフル装備で出動の予定である。 |
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●2002年04月25日(木)
4月25日(木)はれーあめーはれ
午前中アポイントがあった仕事を済ませ、早めに昼飯を食って、スケッチへ。特に仕事もないので、ゆっくり行ってもいいのだが、午後になると雨が降るので、なんとか雨の前にたどり着こうとしたのだ。
スケッチ5月号は色稿が刷り上がって、OKになったので、近日中に納品されるはずだったが、昨晩電話があって、一部だけ届いたものに問題があるという。あるべきページがなく、代わりに他のページと同じものが印刷されているのだ。結構やばい状況だ。
すぐにそのページだけ刷り直し+差し替えを指示した。そのページだけといっても製本の関係で8ページを刷り直すことになる。総費用が650ドルかかってしまうが、致し方ない、金で済むことはこの際目をつぶるしかない。
原因は、説明すると大変なので省くが、ゲラ刷りの段階で誰も気がつかなかったのが問題だ。小さなミスは見つけたが、まさか1ページ丸々とは誰も思わなかったのだ。次回からはページチェックや全ての広告や記事もチェックしなければならないだろう。
その一冊だけできあがってきたサンプルをみたが、そこ以外はなかなかいい。ちょっと黄色が弱い気がするが、全体にきれいな刷り上がりだ。ひとつには印刷所を代えたからだが、もう一つの要因は紙にある。今号からテカテカのアート紙をやめて、マットな紙にしたのだが、予想どおりかなりいい。
表紙もがらっと変えて、ついでに名称もサイゴンスケッチからベトナムスケッチになった。
午後雨が上がったので、ちょっと出かけて戻ったら、編集部のあるビルの前の交差点に人だかりができ、警官の姿も見える。タクシーが道の真ん中に止まって人が担ぎ込まれている。交通事故でどうやら足を痛めたようだ。
最初はタクシーが事故を起こしたのかと思ったが、どうやらそうではなく、単にけが人を運ぶだけのようだ。そのタクシーを迂回したら、スクーターが横倒しになっていて、路上にべっとりと血だまりが。どう考えても頭からの出血だ。
たぶんけが人はすでに運び去られて、タクシーに乗せられていたのは一緒にスクーターに乗っていた軽傷のヤツに違いない。それにしてもかなりの血で、もしかすると死んでいるかもしれない。
編集部に戻って窓からみると、すでにタクシーは去り、路上には野次馬と警官、それに横倒しのスクーターが残されていた。 |
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●2002年04月24日(水)
4月24日(水)はれ
昨日、記事取材がてらに食べに行った中華料理屋で飲茶の写真を撮った。いつものようになるべく外光がはいる窓際の席に陣取り、テーブル脇に3脚を立てて料理を待つ。
しばらくすると料理がどんどん運ばれてきたので、片っ端から写真を撮る。しかし3ム4枚撮ったらなぜかカメラのシャッターが下りなくなった。こういうときまず怪しいのは巻き上げだ。フィルムがちゃんと巻き上げられていないと、シャッターは下りない。
巻き上げレバーをしっかりと最後まで巻き上げ、シャッターを押す、がシャッターは下りない。
フィルムはまだ10枚以上残っている。36枚撮りを入れてあるが、何かの間違いで24枚撮りが入っているのかもしれない。そうだとすればフィルムが終わっているのである。早速巻き戻してみる。
フィルムはやはり36枚撮りだった。新しいフィルムを入れて再度撮影するがシャッターは下りない。どこかいじってはいけないスイッチをいじってロック状態になっているのかと、いじれるところは全ていじってみるが、症状は改善されない。
仕方なく、デジカメに切り替えて写真を撮り終え、食事をしながらあれこれとカメラをいじる。カメラはニコンF3で、編集部に起きっぱなしだが、他人の個人所有物なので、細かいところはよく分からないのだ。それでも絞り優先オートがついているだけのシンプルなものなので、操作ができないと言うことはない。
こうなると考えられるのは電池切れだ。水銀電池が2個入っているが、いままでこれは露出計のための電池で、シャッターには関係ないと思っていたが、どうやら関係がありそうだ。
食事の後、カメラ屋に行って電池を交換してみる。それでもシャッターは下りない。こうなったら後は修理屋に行くしかない。ちなみに電池は2個で5千ドン。
修理屋のおっちゃんはまずレンズをはずし、電池を抜いて、電源から電気を引いてシャッターを押した。それからセルフタイマーを始動させるとシャッターが下りた。その後電池の接触部を磨いて修理完了。結局は電池切れと接触不良だったようだ。料金は1万ドンだが、領収書をくれ、というと領収書がないから只でいい、という。それもあんまりなので、領収書なしで1万ドン払う。
それにしてもつくづく電池作動のカメラの不便さを実感した。やっぱりカメラはニコンFが一番信頼できそうである。 |
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●2002年04月23日(火)
4月23日(火)はれ
金曜日、BSAで編集部へ行った。午後ものすごい雨が断続的に降り表の通りを通るバイクは合羽を着込んでいる。というか、ほとんどの人はどこかの軒下などで雨宿りをしているので、普段よりずっと交通量が少ない。
夕方、雨も止み、家に帰ろうとしたら、何度キックをしてもBSAのエンジンがかからない。仕方なく、守衛に頼んで一晩おかせてもらうことにし、バイクタクシーで帰宅。
家からバイク屋に電話をかけるが、料金を払っていないのか電話が一時的に不通になっている。
翌日、直接バイク屋に行く。バイク屋は9時過ぎだというのにシャッターを下ろし、営業している様子がない。なぜかシャッターに鍵がかかっていないので、少し開けて中を見ると、中2階で寝ているヤツが起きあがったので、早く店を開けるように言う。
しばらく待つが、一向に反応がない。そこでこの店を見限ることにした。前から腕には疑問があったので、特にこの店にこだわる必要はないのだ。ただ前回と同じ場所が壊れてのなら、無料で修理させようと思っただけである。
見限って、BMWじいさんの店に行くと、じいさん自らバイクを見に来てくれるという。さっそくじいさんを先導して編集部へ行く。じいさんはちょっとバイクを見てだめと判断したようで、モーターシクロにBSAを積んで、店へ戻っていった。
日曜日、入稿した原稿のゲラ刷りが上がってくるのでチェックに行った。今回から印刷屋を代え、ゲラ刷りを刷ってもらえるようになったので、文字化けなどのチェックができるようになってのだ。
文字化けは一カ所しかなかったが、引っ越して電話番号が変わったのに旧番号があちこちに残っていたり、なぜか同じ広告が2つ出ていたりと直しがかなりあり、結局2時頃までかかってしまった。 |
●2002年04月19日(金)
4月19日(金)はれ
昨日は雨期のような雨が昼過ぎに降った。どうやらホーチミン市は雨期に入ったようだ。とはいえ雨期の最初は毎日決まった時間に雨が降るわけではない。降らないときもあるし、午前中や夜降ることもある。毎日午後一に降るのは、7月頃からだろう。
名刺作りやらポスター作りやら、細かい仕事がたまっているが、スケッチの入稿日なので、他のことができない。昨日夜遅くまで仕事をして、なんとか入稿の形を整えたので、今日午前中にポスターの写真処理と名刺の最終レイアウトをした。後は週末やればなんとか片づくだろう。
スケッチ編集部の移転で、スペースがだいぶ広くなったので、大きな作業台を買ってもらうことにした。それから収納用の棚も増設する。こいつは窓の下にずらっと並べて、下段をファイルキャビネットにする予定だ。ファイルを細かく分けて、中に写真を入れていけば写真の整理ができるというわけ。
何しろ現状では使いたい写真がどこにあるか探すだけで数時間かかることもあるので、写真の整理は急務なのだが、キャビネットができてこなきゃなにもできないのだ。
さらに個人のグッズ収納用のキャスターつきの袖机を作らせて、作業台の下に配置する。これで専用の机がない非常勤スタッフも安心して私物がおけるようになる。
移転に伴って電話番号が変わったが、前の番号からも2ヶ月は転送されるようだ。仕切ったヤツが要領が悪く、最初は電話番号は変わらない、といっていたが、後になってやっぱり変わることになった。
というか、我々は電話番号が変わらないわけはない、と思っていたので、やっぱりという感想しかないのだが。というのもベトナムでは近所への引っ越しでも電話番号が変わるのだ。だから3区から1区に移って変わらないわけはない、と読んでいたわけ。
でもどうしてこういうこと、ベトナム人より日本人の方が詳しいのか。きっと奴らは電話番号が変わろうが変わるまいがあまり気にしていないのに違いない。
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●2002年04月18日(木)
4月18日(木)はれ
スケッチ5月号は今日一杯で入稿し、20日までに面付けをすませる予定なので、昨日、今日は最後の追い込みで忙しい。
そんな中、なんとか7時に切り上げて、ファッションショーを見に行った。
日本の会社で、市内にブティックやカフェを持っている社長の秘書からいきなり電話をもらい、ファッションショーに誘われた。チケットを渡す暇がないが、くれば大丈夫だという。ベトナムではいつもそんな感じなので、ぶらぶらと定刻に出かける。
会場はホテルで、中庭にステージがしつらえられてあり、その周りにいすが並んでいる。いすはすでに満席で、その周りを立ち見の客が囲んでいる。誰か見つけて、いすを確保してもらおうと思うが、関係者はみんな裏で忙しく働いているようで、知った顔が見られない。
ふと見るとステージ脇の木陰の鉢植えをどかして、カメラマンの園くんが座り込んでいる。うまい場所を見つけたものだ。早速声をかけて、隣りに席を確保する。
園くんは社長に頼まれて、全作品を写真に撮るらしい。今日の彼はニコンF4に電源を引っ張ったストロボをつけている。彼はカメラマン兼カメラおたくで135はニコンF、F2,F4,FMと持っているし、中版はマミヤの6x45を2台、ハッセル6x6、布をかぶって撮る方式の6x7、6x9ととにかくなんでも持っている。
彼とカメラの話をして、ニコンはFEよりFMかFM2が使いやすいけど、どうせ買うならF3がいいんじゃあないかなどと言っていたら、いきなり音楽がなって、ショーが始まった。
ショーといっても演出は得になく、証明を浴びた縦長のステージをモデルが一人ずつ歩いてくるだけである。それでも入れ替わり立ち替わりいろんな服を着たモデルが歩いてくるのを見るのは楽しい。
延べ40人ほどモデルが登場したら終わりで、モデル全員がすてーじに並び、日本人社長が出てきて花束を受ける。それで彼のショーはお終い。ギターとチェロの幕間演奏があり、次のデザイナーのショーが始まった。
人いきれと、証明でかなり暑いし、おなかもすいてきたので、2つ目のショーが終わったところで席を立つ。ステージ前に陣取った知り合いのベトナム人カメラマンに聞いたら、4人のショーがあり、そのあと簡単なパーティがあるらしい。でもそこまでつきあう必要はないので、人混みを抜けて外に出た。 |
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●2002年04月17日(水)
5月17日(水)はれ
今、サイゴン川に浮かぶ屋形船のパンフレットを作っているが、実際に乗ったことはなかった。昨晩、某日本人女性2人の送別会で貸し切りになった屋形船に乗船し、2時間の船旅+どんちゃん騒ぎを初体験。
6時半出航予定だったが、どうしても仕事が終わらない2人を待って、桟橋につけたままビールを飲む。7時前にやってきた2人を乗せて、上流に向けて出航。室内の電気が消され、明かりはろうそくと提灯だけになる。
窓越しに街がだんだん遠ざかって行くのを見ながら、静かに前菜をつつく。そのころはまだ4人席に4人ずつ行儀よく座って飲んでいたが、そのうち席の移動が始まり、やがて席を無視して床に座り込んだり、舳先で風を浴びたり。
シップヤードを越え、サイゴン橋の下をくぐる。タンダーを左舷に見ながら更に船は進む。
ちょうど1時間たった頃、ゆっくりとUターンして、川を下り始める。
貸し切りで川の上なので、どんなに騒いでも他の迷惑にはならないのがいい。欲を言えば、掘り炬燵席を取っ払って、例えばベンチスタイルとかカウンターとかに変更できれば更に盛り上がるだろう。
また、エンジン音がうるさいので、一人が立って挨拶をする場合、声がみんなに届かない。そういうシチュエーションではマイクとアンプがあればいいのだが。こんどオーナーに進言しておこう。
屋形船のどんちゃんさわぎメンバーの中に、自称フォトジャーナリストのN井さんがいたので、写真の話題になった。たまたま同席していたT井女史も写真好きとかで、こうなったら写真展をやろう、と話などんどん大きくなる。
実はN井さんの仮の本業は市内の大きなオフィスビルの営業なので、その気になれば彼の裁量で空きスペースを写真展会場にできるのである。つまりスペースはすでに確保されたので、後は参加者と参加作品があればいいのだ。これは案外実現可能な話かもしれないのである。 |
●2002年04月15日(月)
4月15日(月)はれ
昨日は日曜日だというのに午後から仕事で出かけた。例の調査のグループインタビューのやり直しだ。そういえば先週は写真撮影だったので、このところ休みなしで働いていることになる。
午前中、本当はカヌーの練習がクマプー邸であったのだが、家で仕事を片づけるので、欠席した。後で聞いたら潮に逆らって漕いだので、みんな数キロで音を上げたとか。月末にチャネルスイムの伴走で18km海を漕ぐのだが、このままだととても伴走どころではない。スイマーに大きく引き離されるのならまだしも、遭難して顰蹙をかいそうな状況だ。
ちなみに我が輩は写真撮影のため動力付きの伴走船に乗るので漕がないのである。
藤井総帥がベトナムからタイに戻る間際にやってきて、いくつかホテルの所在地が分からないから、調べて地図に落とし込んで送ってくれ、と依頼していった。
他ならぬ総帥の頼みなので引き受けたが、いろいろ調べたらその内のひとつはしっかり有名ガイドブックに載っているではないか。
まったく、日本で手に入るガイドブックぐらい買え。金がないなら図書館で借りてでも調べろってんだよ。いや、これは総帥に言ってるんじゃあなくて、その元締めに言ってるんだ。総帥だっていきなり言われて調べきれないから依頼して戻ったのだから。
面倒な仕事は全て他人に振って、しかもついでに無料でやれという態度。おまえらそんなことやってるからいつまでも不況から抜け出せないんだよ。心を入れ代えてしっかり働け。
本当にこいつは勘違い野郎らしく、大元の出版社からは結構な額をもらってるらしいんだが、藤井総帥と一緒に仕事をしたカメラマンには宿は10ドル、食費は1週間で5千円しか払わなかったらしい。なにせ大元の出版社からも偉い人がベトナムに来ていたので、その辺の話は全部筒抜けなのだ。
カメラマンの宿は総帥が気を利かせて、そんな安宿で機材を盗まれても責任は負えない、と突っぱねたので、15ドルのこぎれいなミニホテルになったが、
食費は打ち合わせの時に、生の5千円札を渡されて、ベトナムじゃあ1食100円もあれば十分だから、と言われたそうだ。
そりゃあ十分かもしれないが、それで食中毒にでもなって、仕事ができなかったらどうするんだ。カメラマンも、そんなんなら「食費はギャラに含まれてます」といわれた方がよかった、といっていたが、その通りだと思う。プロに対して失礼千万な接し方だよな、まったく。
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●2002年04月12日(金)
4月12日(金)はれ、夕方ところにより雨
三谷から電話があって、名刺を作りたい人がいるというので、出かけた。会ってみたら、すでに製作済みの名刺が気に入らないという。
今度、新しく日本料理のレストランをオープンするらしく、その個人名刺と店の名刺ができあがっていた。1箱6万ドンだったそうだ。
製作済みのものを見せてもらう。サンプルで渡した紙も見せてもらうが、似て非なる、もっと安い紙にシルク印刷。文字は日本語のプリントアウトを貼り合わせて原稿を作っているが、作業が稚拙なため、ラインがそろわない、曲がる、その上スペースに無理矢理あわせるため文字ごとに比率の違う長体をかけるなどめちゃくちゃ。
mikで作る場合は、オフセットで作る上に、紙もサンプルと同じイギリス製をシンガポールから輸入したものを使うので、6万ドンではできない、と説明。とにかく見積もりを出すと約束する。
担当者とそんな話をしていたら、二階から知った顔が現れた。かれこれ10年ほどベトナムに住んでいる中江さんである。なんだ、このレストランって、中江さんが今度出すっていってたやつ?そんなら最初から声をかけてくれればいいのに。
mik見積もりは一箱12万ドンと、ボロ名刺の倍だが、先方はOKというので、レイアウトを開始する。といってもワープロソフトで作ったイメージがあるので、それを実サイズに落とすだけだ。
家に帰ろうとしたら電話があって、家の近辺は大雨という。しばらく待つことにして、空きっ腹を抱えて仕事をする。まだ雨期にはちょっと早いのに雨が降るとは、今年は雨期の到来が早いのか、等とはなしていたら、後ろの席からそうじゃあない、との声。
なんでも、メコンデルタの方で火事があって、マングローブが延々4〜5日燃え続けているらしい。その上昇気流で雲ができて、雨になっているという。マングローブは一時枯れ葉剤の影響などで少なくなったところに、海老養殖池を作るのに切り倒されて絶滅寸前だったのを、政府や国際機関、NGOなどが植林を進めて、やっと元の姿を取り戻しつつあったのだが、それが何日も燃えているとなるとどのくらいの被害なのだろう。
燃え尽きた後に、また1から植林が始まるのに違いない。最も現地の人はその植林で現金収入を得るので、あまり被害のことは気にしていないかもしれない。
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●2002年04月11日(木)
4月11日(木)はれ
5月号の追い込みが始まっているので、いつもより早めに編集部へ行く。しかし電話とインターネットがまだつながらず、仕事に制約が多い。その上コンピューターが1台ダウンしていて、それにつながっているスキャナーが使えない。
まず、溜まっている広告制作を片づけ、同時に1階にあるコンピューター屋を呼んで、修理を依頼。近いのでこれからはここに頼むことにする。兄ちゃんが来て何やらやっていたが、だめなようで、階下に運んでいった。
ウインドウズマシンに詳しいやつを捕まえて、カラープリンターとスキャナーが使えるようにしてもらい、広告をプリントアウトして営業に回す。
そうこうしているうちに電話が鳴って、別件の打合せが11時からあるというので、そっちへ向かう。無事終了し、K-Cafeで昼飯がてら、屋形船のパンフレットの打合せをして、編集部へ。
午後も午前中の続きで、バタバタと仕事を片づける。
4時に日本から来ている客と待ち合わせをしているので、市内のホテルに向かう。九州で、ベトナム雑貨の販売を計画中の客だが、まずは店舗ではなくいろんな店の一角を雑貨コーナーに展開する提案をしようと計画中で、店や工場を見たいというので、打合せ。その後近所の店を何軒か見て、夕食に行く。
ベトナム料理とのご希望に添うべく「NGON」レストランへ。最近評判の店で、いつもベトナム人で込み合っている。
街の中心部にある、ちょっとしゃれた店なのに込んでいるのはなぜか、初めて行って判った。店は大きな屋根つきの空間で、真ん中に洗い場とドリンクサービスのコーナーがあり、回りを囲むようにテーブルが並んでいる。屋寝つきの両外にもテーブルが並び、両端に屋台が並ぶ。料理の注文はメニューを見ながらテーブルでできるが、調理は屋台で行う。店は厨房を持たずに、評判のいい屋台を集めているだけなのだ。
その選択がうまいのだろう、どの料理も美味しい。値段は当然、普通の屋台より高いが、それも+2000〜3000ドンという程度だ。そのくらいの差で、きれいな食器でいろんなものが一箇所で食べられるのだから、はやるのも頷ける。
我々が軽く飲んで食べる間に、となりのテーブルのベトナム人は3回転した。彼らは普通の夕食のように時間をかけず、1品+飲みのもを2〜3人で食べては帰っていく。これは大変効率がいい。
3人でそこそこ食べて、総額はなんと10万ドン弱。これなら中流のベトナム人でも気軽に立ち寄れるだろう。
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●2002年04月09日(火)
4月9日(火)はれ
スケッチ編集部が、親会社のAPEXごと町中に引っ越した。段取りはすべてAPEXの総務のベトナム人がやったが、こいつが使えないヤツなので、4日たった今日も電話のラインが2本しか来ていない。
スケッチもメール受信はできない、客からかかってくるはずの電話はかかってこない、と大混乱だが、電話が仕事の道具である旅行会社APEXは全く仕事ができない状態だ。
そのうえスケッチは棚や作業台を買っていないので、スペースばかり広いが効率は悪い。そんなところで仕事をしていてもしょうがないので、さっさと家に戻って仕事をした。
引っ越して街の中心に近くなったのはいいが、不便なことも多い。電話の件は予定外だが、そのほかにも以前はオフィス前に屯していたバイクタクシーがいない。今までは顔見知りで、値段交渉も必要ないし、行く場所もよく知っている奴らばかりだったが、これからはまたいちいち交渉して乗らなければならない。
勝手にオフィスに入り込んできて出前の注文を取っていく珈琲屋のおばちゃんともお別れ。目の前にあった安くて美味しい皿飯屋もなくなり、急いでいるときはどこで食べればいいのか、発見するまで時間がかかりそうだ。
日曜日に撮影したポジは昨日上がってきた。ラボに備え付けのライトボックスとレンズで丹念に見た。どのカットもひとつはそこそこ撮れているので一安心だ。特に歩かせたカットは不自然さが抜けてなかなかいい写真が多い。
夕方、先方に届くように手配して、今日の昼に連絡した。クライアントに見せるのにポジでは見にくいので、主要なものだけダイレクトプリントするというので、手元の記録用にワンセットお願いする。できてきたら公開するのでお楽しみに。
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●2002年04月08日(月)
4月8日(月)はれ
昨日は日曜日だというのに撮影で、朝10時にタントアン工業団地へ行った。タントアンはUBちゃんの会社があるので有名な輸出加工区で、家からは街を越えた先、地の果てにあるのだ。ちょうど八王子から千葉へ行くといえばいいか。とはいえ交通量の少ない日曜日、40分で到着。
しばらく待っていると、パンフレットを受注したプロダクションの担当者とデザイナー、通訳がタクシーでやってきた。タクシーの後について、門の中に入る。数年前に来たときは延々空き地の続く場所だったが、今は多くの工場が建ち、その中を真っ直ぐで広い道路が整然と走っている。建物がみんな低く大きいので、町中と印象が全然違うのが面白い。
クライアントの工場に着いたら、4人の素人モデル(従業員)は3人の日本人スタッフがすでにメイクアップ済みで、最初に撮る洋服を着ていた。その会社のバンに全員乗って、工業団地の入り口へ戻る。
入り口はちょっとした公園になっていて、木々が植えられ、花が咲き乱れ、噴水や彫刻もある。その辺で撮影するという段取りらしい。
デザイナーの指示で場所を決め、最初のカットを撮る。せっかく曇っていた空はすっかり晴れて、陰影がはっきりつくので、撮影には悪条件だ。レフ代わりに持っていったB3のイラストボードも役に立たない。
4人を一人ずつ標準レンズで4カット撮る。表情が硬いのをなんとか和らげるのが大変である。それから椰子の木の下に移って、着替えをすませた4人を更に1カットずつ撮る。背景が少しでもぼけるように望遠を使うが、明るすぎて開放にできないので、ぼけの効果はあまり期待できない。
クライアントはそれで終わりだと言うが、ついでだからと、もう1カットずつ撮ることにした。全て露出を5段階ずつ撮っているが、適正露出の時にいい表情をしているとは限らないので、押さえでもう少し撮りたいのが本音だ。
今度は5m程の距離をカメラに向かって歩いてもらう。2人ずつペアで2カット撮り、それから一人ずつ4カット撮った。
工場に戻り、あまりの暑さに水を何杯もお代わりして終了。その足で街の現像所にフィルムを預けたら12時を回っていた。
ゆっくりできるところでビールを飲みたい、と思い、赤とんぼへ行く。カウンターに座ろうとしたら、奥に総帥がいるというので合流する。焼肉と生ビールにタンタン麺を食う。ビールが際限なく飲める気がしたが、実際に飲んだのは3杯であった。
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●2002年04月06日(土)
4月6日(土)はれ
土曜日だというのに朝から打ち合わせがあるので出かけた。先日、担当者の留守中に別の人から聞いた話が少し違っていたようで、納品したデザインじゃあ条件を満たしていないと言うのだ。
とにかく行って話を聞くと、少しの手直しで済むことが分かったので、オフィスの隅を借りてモバイルオフィスを展開した。2時間ほどで仕事を終え、そこのオフィスにある高性能プリンターでプリントアウトして終了。
それからスケッチに行って中村オヤジがハノイに持って行く分の広告原稿を渡す。一部手直しがあり、それも片づける。
実はこの週末、スケッチとその母体の旅行会社APEXが引っ越しで、編集室は段ボールの山だ。その中で一台だけ生きているコンピューターとプリンターを使って仕事を済ませると、あとはなにもすることが無い。たまには土曜日らしく早く家に帰ることにした。
明日は朝から撮影が入っている。日系の洋服屋がカタログ用の写真を撮りたいのだが、予算の関係でモデルは使わず、社員を使うらしい。フォトグラファーもプロを使うと高いので、おはちが回ってきたのだ。メイクやアクセサリーなどをどうするのか、絵柄のダイレクションは誰がするのか、不安な部分の多い仕事だが、今回は全体のしきりをしているわけではないので、カメラを持って現場に行けばいいのだろう。
優秀なディレクターならいいが、アホはいない方がましなのは経験上よく分かっているので、ディレクター不在でも問題はない。要はデシジョンメーカーを見つけてそいつの言うようにやればいいのだ。
というわけで写真屋にフィルムを買いに行く。フジのプロビア100,1本9万ドンを4本買ったら、ドンが無くなってしまったので、久しぶりに両替をした。本日のレート1ドル1万5千140ドン(20ドル札)であった。
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●2002年04月04日(木)
4月4日(木)はれ
昨日から総帥は仕事に入り、日本から来たカメラマンと共にサイゴンのレストランや雑貨屋を取材している。10時から某レストランで撮影があると聞いて、見学に行った。
最近仕事で写真を撮るようになったが、まだまだ分からないことだらけ、というか一応分かってるんだけど、その辺プロはどうやってるのかに大変興味があるので、プロの技を盗みに行ったのだ。
特に今回のテーマは食べ物と雑貨、とまさに日頃のフィールドなので、参考になることが多い。とはいえさすがはプロ、持っている機材が違う。
今回の写真は扱いが小さいので、カメラこそ35mmだが、機種はコンタックス。もちろんレンズはカールツアイスだ。その上35mmのコンタックス製ポラロイドカメラを持っているので、ポラチェックができる。これにはびっくりだ。改造品でニコンのレンズが使えるようにしてあるのがあるそうだが、中古でも7ム10万円はするそうで、気軽に買えるものではない。
さらにバッテリー駆動のストロボとデフューダー、カーボン製のごつい3脚、太陽光を和らげる覆いとそのスタンド、各種ゼラチンフィルター、ストロボメーターにカラーメーターまである。
さすがに全部をそろえるのは無理だが、ひとつずつ行くとしたらやはりポラセットだろう。
昨日レストランの撮影を終え、今日は雑貨屋。朝一は「プレキッチ」だというので出かける。今日は自然光での露出のはかり方を教えてもらった。一番よかったのは「人それぞれ」ということがわかったこと。つまりプロでも定番は無いのである。
午後からは自分の撮影。昼食がてらインド料理屋に記事用の写真を撮りに行く。一度編集部に戻って、ベトナムレストランへ。この2時からの撮影がとにかく暑い。野外とはいえ屋根の下で日は完全に遮られているのにじっとしていても汗が出る。汗を拭き拭き撮影を終え、先日写真を撮った雑貨屋へ。実は1点どういうわけかピンぼけの写真を撮ってしまったので、再撮である。
その後ビューティサロンへ店内撮影に向かう。市内の大通りに面したビルの3階にあるので、1階のバイク置き場にBMWを止めようとしたら満杯だという。すぐ隣の駐車場も満杯で止められない。
離れたところへ止めに行くのも面倒なので、1階のバイク置き場の前の歩道に止めて3階へ。打ち合わせをしつつ窓から見ていたら、1階のバイク置き場スタッフのTシャツを着た兄ちゃんがBMWを押して、中央分離帯のとぎれ目まで持っていき放置するのが見えた。
あわてて下におりる。奴らも上で見ているとは思わなかったのだろう、放置した本人は走って逃げた。追いかけているとバイクがそのままなので、とにかくバイクを元の位置まで戻し、バイク置き場にヤツに思い切り文句を言う。全部目撃されたのだから、なにを言われてもとうぜん返す言葉がない。
ふと見るとバイク置き場は満杯ではなくかなりスペースが余っている。そこでバイク置き場の中にBMWを止め、チケットを書かせる。兄ちゃんは奥に止めろと言うが、そんなのは彼らの仕事なので、無視して入り口の脇に止める。チケットの半券を持っているので、かれらはふつうにバイクを預かるしかない。無くなったり、傷でも付いていたら、今度は彼らの責任問題になるからだ。
ビューティサロンに戻って写真を撮り、そのまま客になって髪を切ってもらい、店を出た。BMWはしっかり管理されて駐車場にあった。 |
●2002年04月03日(水)
4月3日(水)はれ
携帯電話におめでとうのメッセージが来て、自分の誕生日に気づいた。日常生活に埋もれて誕生日のことなど忘れていた。気づいたからって特別なことはなにもしないのだが。
昨日、家を出て大通りを少し行ったら、前に大きな荷物をバイクで引っ張っている簡易リヤカーみたいなのが走っていた。こいつが遅いくせに車線の真ん中にいてじゃまなのだ。追い抜こうと車線内ぎりぎりを走っていると、そいつが外によろけた。反射的に左へ(ベトナムは日本と反対、右側通行)よける。そうしたら車線をはみ出して更に外側から追い越そうとしていたバイクが、後ろから腕と左足の外側に接触した。
左足がステップからはじかれて、インステップがシフトぺダルにあたった。反射的にたて直そうとしたのか、BMWは少し左に進路を変えて、対向車線に進入していく。やばい、事故る。とほぼ確信したが、対向車の間を縫って、そのまま停車。
あたったバイクは更に対向車線にはみ出し、我がBMWとうまくすれ違った対向バイクに正面衝突。巻き添えを食って更に1台ひっくり返り、計3台のバイクが路上に転がった。
全てが後ろで起こったことなので、詳細は見ていないが、音はリアルに聞こえてきた。しかしそんなことにかまう前に、まずは自己点検。奇跡的に対向車に接触しなかったので、ぶつかったのは左足だけだ。それもスニーカーの上からなので、たいしたことはない。スニーカーにもダメージはないようだ。
心理的にも平常で、興奮もせず、どきどきもせず、達観したのかぼっとして頭が回らないのか分からない。
バイクは?ウインカーがもげたか、マフラーかタンクに傷がついたか、と見回すが、何ともない。本当に運がよかったのだろう、全く無傷で切り抜けることができた。
そうと分かればさっさと発進。事故の原因にされてはかなわないし、もめ事に巻き込まれたら何かと外国人は不利なので、こういうときは速やかに立ち去ることにしている。
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●2002年04月02日(火)
4月2日(火)はれ
昨日は昼前の撮影のため、遅めに家を出る。午後は体調が悪くて放っておいた仕事を地道に片づける。
そうこうするうちにジャアク総帥から連絡があり、「膳」で飯を食おう、ということになった。
6時半に「膳」に行く。総帥はすでに来ていて、クマプーも呼んだという。ふと見ると隅のテーブルに中島さんがいて一人で飲んでいるので合流し、そこへ後からあらわれたUBちゃんも合流し、大騒ぎ。
中島さんはタイ人の奥さんがいて、タイ語もべらべらのタイ通なので、違和感なくジャアク商会にとけ込んでいる。タイ人との結婚生活の悲喜こもごもを披露してくれるので、それをベトナムの場合と比べると興味は尽きないのだ。
そのうち話題はジャアク商会のことになる。ホームページサーバーや将来の映像製作、出版計画など虚実織り交ぜて話すうちに、幹部担当ページの話になった。対馬支局長の土嚢づくりは進んでいるか。等と行っていたら、総帥が、いや、実は対馬支局長の家族は爆発していて、父と兄が毎日包丁を振り回してバトルしているらしい、などと言い出す。こりゃあ、土嚢づくりよりそっちのレポートの方が面白そうだ。特に今は家を直していて、コンピューターゲームのようにあたりを探せば武器が転がっている状況なのでなおさらである。
九州支局のモホー山本は年度末の帳尻あわせに四苦八苦で、更新どころではないらしいが、あの怪しげな裏情報は小出しにしてもいいから毎日読みたいものだ。
そこへ行くと絶好調なのはホッパーズ戦闘隊長のマレーシア支局。いろいろな商売に手を出して、決め手を欠きつつなんとか太い幹を構築しようとする涙ぐましい努力が行間からひしひしと伝わってくる。
後は...時すでに4月、ほとんど更新されないページの担当者は、気を入れて何か書いてくれ。あんまりさぼっているとクマプーのように幹部降格の試練が待っているかもしれない。
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●2002年04月01日(月)
4月1日(月)はれ
鼻風邪だとたかをくくっていたら、なかなか直らないばかりか、症状は悪化して熱っぽくなってきた。そこで、足マッサージに行くことにした。
その前に久しぶりに中国漢方医院へいって、脈を診てもらう。半年前はほぼOKといわれていたが、その後どうなったかチェックしようというわけだ。結果、また体調が落ちているようで、10日分の漢方薬を処方される。一日分6万2千ドンである。
それからマッサージに行ったら身体はずいぶん楽になった。とはいえ絶好調にはほど遠いので、そのまま帰って寝てしまえばいいのだが、午後に撮影のアポがあるので、そうも行かない。一度編集部へ行って、昼食後、某ホテル内のレストランに行く。
撮り終えて編集部に戻る。ジャアク総帥が夕方くることになっているので、それまで仕事をしようと思うが、頭も身体も動きが鈍いので、あきらめてだらだら過ごす。
今回、総帥は仕事できていて、ベト飯屋のアポが取りたいというので、スケッチ広告主の中から紹介した。日頃担当者と連絡を取り合っているスケッチ営業が電話を入れれば話が早いのである。
さすがに晩飯を外で食うのはやめて家に帰る。日曜の朝になっても体調は回復せず、久しぶりのホッパーズを欠席、家で本を読んで過ごした。
夕方、ベトナムスタイルサウナで汗を流す。このサウナは家で手軽にできるので、その後シャワーを浴びて寝てしまえばいい。
どういうものかというと、鍋に水と薬草を入れてぐつぐつ沸騰させ、低いいすに座って布団をかぶり蒸気が逃げないようにしておいて、布団の中で鍋のふたを開けるのだ。薬草のいいにおいとたくさんの蒸気が鍋から布団の中に充満して、たっぷりと汗をかく。
そのまますぐに寝たら、朝にはずいぶん気分が良くなっていた。
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