b-click

三日堂ベトナム情報局

執筆担当
ジャアク商会ベトナム支局長
石原文春


2002年5月のバックナンバー
無料公開版

注:最新の日記は有料会員ページ 「ジャアク商会ゴールドメンバー」 で公開しています。
推薦レストランなどの固有名詞は、 「ジャアク商会ゴールドメンバー」 の
「情報強化バックナンバー」 でのみごらんいただけます。
詳細については、こちらのページをごらんください。

●2002年05月30日(木)

5月30日(木)はれ
 先日撮った写真をレイアウトしていたら、ニューワールドホテルのプール、何かが足りない。プールサイドにカクテルなんかあると絵になる、というわけで再撮となり、1時に現地へ。
 ホテルの担当者とプールサイドのハットの下で涼みながら話をする。やがてピニャコラーダとストロベリーマルガリータが運ばれてきた。ピニャコラーダは背の高いグラスに白いカクテル、グラスの縁に飾られたパイナップルの上にはランの花とまさに絵になる装い。マルガリータは透明な赤いカクテルが口の広いグラスに入っていて、スノウスタイルになっている。
 デッキチェアーサイドの背の低いテーブルをプールサイドまで引っ張り出し、背景に水面と向こうサイドの緑がピンオフで入るようにして、1杯ずつと2杯一緒と3カット撮影。
 ついでにプール脇のパーティガーデンも撮り、撮影終了。昼間からカクテルを飲む。小雨が降り出して気温が下がり風も出てきてかなり快適である。
 雨が降っているので、タクシーで編集部に戻るべく、ホテル前に待機している赤いサイゴンタクシーに乗る。
 サイゴンタクシーには赤い車体のと緑と白の車体の2種類あって、同じ名前なのだが会社が違う。赤いのは正式にいうとサイゴンツーリストタクシー。大手国営旅行会社サイゴンツーリストがやっているタクシー会社だが、かなり評判が悪い。曰く、メーターを倒さない、遠回りする、メーターに細工してあり早く回る。しかも通常のと早回りがスイッチで切り替えられるようになっていて、客の顔を見て操作する、などなど悪評、噂の類には事欠かない。
 だからなるべく乗らないようにしているのだが、雨だったので仕方なく乗った。
 乗ってすぐに行き先を告げ、運転手が分かったかどうか確認する。メーターを倒したかどうかも確認。よしよし、問題ない。行き先を言っただけなのに、運転手は「ベトナム語が上手ですねえ」などと下手な英語で言う。当たり前だ、こちとら旅行者じゃねえやい、と思いつつも口にはしない。
 そうやって編集部に到着。編集部前はUターンで入り口につくので、道の向こうを指して「あそこだ、行きすぎずにUターン」などと運転手に言いつつ財布の小銭を確認している隙をつかれ、止まったと同時にメーターを0に戻されてしまった。つまりいくらなのか確認できなくされたわけだ。
 そうやっておいて運転手は「3万ドン」と言う。ここまでは1メーター(1万2千ドン)では来ないが1万5千あれば来るので、2倍ふっかけられているわけだ。しかしふっかけた相手が悪かった。メーターで確認できなきゃ基本1メーター分しか払わない、と1万2千ドンを後部座席に放り込んで車を降り、どんどん編集部へ向かう。
 運転手は、あわてて車を下りて追いかけてきて、2万ドン払ってくれとしつこく迫るが、絶対に払わない。それでも10m程ついてきたが、入り口が近くなり、中に人がたくさん居て自分が不利と判断したのか、帰っていった。
 いやあ、絶対に自分が有利な状況で、ぼったくりタクシーと遊ぶのは楽しいものだ。

●2002年05月29日(水)

5月29日(水)はれ
 昼に「だるま」という蕎麦屋にいく。ここは蕎麦は日本からの輸入、うどんは手打ちの店だが、どういうわけか蕎麦がないというのでぶっかけうどんを頼む。
 以前来たときには蕎麦を食べたが、可もなく不可もなくの味だったので、足が遠のいていた。今回は必然的にうどんになったが、これはうまい。だしよし、麺よし、値段は5ドルだ。
 うどんを食べ終わって、デザートがてらチャオカフェにアイスクリームの撮影に行く。イタリアンジェラードが20種類くらいあり、1スクープ8千ドン。このところ午後になると雨が降るので、雨が降り出す前に編集部に帰り着きたいと思いながらアイスクリームを食べる。だからなんだか落ち着かず、食べ終わるとすぐにお金を払って店を出た。
 結局雨は降らず、午後は編集部で広告の直し等をする。今月は新規広告が少ないので、その分撮影も少なくあまり忙しくない。プールの写真がいくつかできてきたので、レイアウトをしたが、ニューワールドホテルの分が1カット足りない。とはいえプールばかりでは写真に変化がつかないので、プールサイドテーブルに乗ったトロピカルドリンクなんかがほしいところだ。
 編集が電話をして追加撮影となった。明日の午後に1カットのために出かけなければならない。

 誰もなにも言わないので編集部の設備がよくならない。コンピューターが遅くても操作する人が我慢している。そんな効率の悪い、ストレスばかりたまる環境は嫌いなので、勝手にどんどん買うことにした。チェックすべき人間から文句が出るまで、ちょこちょこグレードアップだ。
 まず専属のコンピューター屋を決め、ヤツにメンテとグレードアップのサジェスチョンを頼んだ。こういうときウインドウズマシンはCPUやメインボードなどが簡単にグレードアップできるのでいい。それぞれのコンピューターの用途を説明して、それに見合ったグレードアップを計画中。
 更にフォント管理ソフトと、我がiBookがネットワークに加われるよう、PCマックランというソフトをインストールしてもらうように手配中だ。とはいえソフト類はすぐに手に入らないらしく、目下探している状況。ある程度の環境が整うのはいつの日になることか。

●2002年05月28日(火)

5月28日(火)くもり午後おおあめ
 午前中は昨日撮れなかった分を含めて2つのプールへ行き、写真を撮る。2つとも屋外なので、久しぶりにASA100のフィルムを使った。雲の流れが速く、陰ったり日が照ったりの繰り返しで、露出あわせが大変だ。陰っているので露出をはかってシャッターを押そうとすると日が照り、また露出を計り直さなければならない。
 昼はマリタイでタイ料理を食べる。セットメニューが6種類あり、どれも3万7千ドン。Fと言うのを頼んだら、スープは豆腐入りのあっさり系だったが、メインが豚肉の炒め物で、これがとても辛い。汗を流しながら平らげる。
 一緒にごはんを食べたのはスケッチメンバーの他にフォトグラファーの外山ひとみさんと、3人の日本人。外山さんはベトナムで働く日本人女性の取材に来ているので、その取材を受けた人たちが一緒になったのだ。だから初対面の人が2人居た。
 中の2人はベトナム人と結婚していて、女性から見たベトナム人との生活の話がなかなか興味深い。コミュニケーションは何語か、とか、子供の教育はどうするのかなどなどいろいろな話を聞いた。
 午後はスケッチの仕事。といってもほとんどすることがないので、そろそろ帰ろうか、と思っていたら、大雨が降ってきた。ものすごい降りが1時間ほど続き、小雨になったが、なかなか止まない。しかたなく雑誌など読みながらしばらく待つ。
 やっと止んだが、止んですぐに出かけると、あちこち水がたまって渋滞していそうなので、更にもうしばらく待っていたら、中村オヤジが戻ってきて、いろいろ打ち合わせが始まってしまった。
 そんなこんなで帰ったのは7時過ぎ。雨が降ると行動が制限されるので、時間に余裕を持たなければならないのだ。

●2002年05月27日(月)

5月27日(月)あめ
 珍しく朝から雨模様。8時過ぎに上がったので、バイクで出かける。BMW
のサイドスタンドを取り替えることにしたので、じいさんの店へ行く。
 じいさんのところにはまだロイヤルエンフィールドが置いてある。話をよく聞いてみたら、ロイヤルエンフィールドはじいさんの友人のもので、彼がアメリカに移住したので置いていったのだそうだ。つまり今はじいさんのものだ。
 それなら売ってくれ、と冗談で聞いたら、書類がないそうで、それでは買っても乗ることができない。じいさんはきっと楽しみで直しているのだろう。
 2時からプールの撮影だったが、午後になって大雨が降ってきたので、延期する。大雨でなにもすることがないので、編集部で黙々と仕事をした。おかげで今月は早々と担当の仕事が半分終了。なかなかいいペースだ。
 
 日曜日、ホッパーズが中止になって、やることがないと思っていたら、クマプーがカヌーに乗りに来いと言う。藤井総帥が初めてカヌーに挑戦するというので、見物をかねて出かけた。
 午後2時頃3艇をサイゴン川に浮かべて、上流に向かってこぎ出した。上流に向かうと行っても、この辺は潮の干満で流れが左右されるのだ。で、そのころはちょうど流れが逆光していたので、流れに乗ってすいすい進む。パドルを休めても流されていくので非常に快適である。
 小一時間漕いで、川辺のバーでビールでも飲もうか、と言う話になったが、なんと誰も金を持っていない。そこで仕方なくビールはあきらめ、今度は下流に向かう。流れに逆らって進むので、汗をかきながら、かなりがんばって漕がなければならない。
 ふと気づくと、川の真ん中より端の方が流れが弱い。そこで岸に沿って黙々と漕ぐ。そのうちに雨が降り始めた。夕方に向けて濡れて風邪を引いてもいやなので、合羽を着込み、舟に水が入らないようにカバーをつける。こうすると身体が密室に置かれるので、かなり暑い。
 行きは小一時間だった行程を帰りは2時間近くかけて戻る。後少しのところで向かい風が強く吹き始め、疲れ切った身体に追い打ちがかかるが、手を休めると流されるので、ひたすら漕ぐ。やっとクマプー宅についたときには予想以上に身体が疲れていた。
 それにしても疲れた後のビールはうまい。夕方から宴会だけに参加の秋山を加え、ビールとホワイトラムの夜は更けていくのだった。

●2002年05月24日(金)
5月24日(金)はれ
 BMWのサイドスタンドがぐらぐらになってしまった。このサイドスタンド、元々なかったのだが、メインスタンドはBMW専門修理のじいさんでさえ一人ではかけられない、いわば修理時専用みたいなヤツなので、買ったときにあつらえてもらった。
 左のステップに溶接されていて、それが純正だと思いこんでいたが、どうやらそうではないようだ。ステップごとボルトでフレームに止まっているが、それに無理があるのか時々緩くなる。そのたびに締めていたが、今回はうまく締まらないので、じいさんのところへ持っていった。
 じいさんはボルトを抜いて、ゆがみを直して、また取り付けてくれた。料金は2万ドン。
 その間に、じいさんのところで修理中のR65を見たら、なかなか良さそうなサイドスタンドがついている。ステップより前輪よりにある支点を軸に、長めのスタンドがついていて、出し入れもやりやすそうだし、ステップに関係がないので緩みそうもないのがいい。じいさんにこれをつけたらいくらか聞いたら25万ドンだというので、オーダーした。3日後にできてくるという。
 先日からおいてあるロイヤルエンフィールドにエンジンが積まれていて、何となく形が見え始めている。誰の持ち物かは知らないが、ロイヤルエンフィールドと言えば「熊を放つ」でジークフリートが乗り回すマシンだ。
 エンジンをよく見たら、単気筒だ。じいさんに聞いたら500ccだそうで、いいなあビッグシングル。エンジンの右側にキックとシフト以外にもう一つレバーがついているが、何のレバーか分からない。じいさんが身振りで、点火関係だと説明してくれたが、なんでそんなところに点火関係のレバーがあるのか、皆目見当がつかない。
 ライトカウルの上部には、型は違うがBSAと同じスミスのスピードメーターがついている。
 いずれにしても英車にお目にかかることが少ないベトナムで、ロイヤルエンフィールドを目撃できてよかった。できれば持ち主にあって、一度乗せてもらいたいものだ。

●2002年05月23日(木)

5月23日(木)はれ
 次号のスケッチにアイスクリーム特集を掲載するので、アイスクリーム屋巡りをしている。アイスクリームなら1日に2つ食べられる。今までにやった、飲茶やカレーは、1日2つどころか、1週間に2つでも「もういい」と食傷気味だったので、アイスクリームはお手頃だ。
 と思っていたのだが、他の問題が持ち上がっている。なるべく穴場的なアイスクリーム屋も紹介しようとしているが、あるレストランのロンガンアイスがうまいと聞いて、食事がてらに行ったら、「今日はアイスクリームはありません」だって。あれ?目的はアイスクリームだったのに。まあしょうがない、とごはんを食べて帰った。
 いくらうまくても、いつもないものは紹介できないので、その店は没。続いて、道ばたの小さなソフトクリーム屋の噂を聞いて、そこへ向かう。ところがその店はしばらく前に閉店し、いまは靴屋になっていた。ベトナム人のアイスクリーム好きに聞いていったのに、どうなってるんだ。
 考えてみると、一般のベトナム人はアイスクリームを頻繁には食べない。チェーなら2000ドンくらいから食べられるけど、アイスクリームは1万5千ドンはするので、まだまだよそ行きの食べ物なのだ。だから彼らの情報はあまりアテにならない。
 とはいえ、いまさら有名どころばかり紹介してはスケッチの名折れ、なんとか「え、そんなとこにもあったんだ、行ってみよう」と言わしめる店のひとつも紹介できないとイカン。というわけで、しばらくは未確認情報や噂を頼りに炎天下をアイスクリームを求めて街をさまよう日々が続きそうなのである。

●2002年05月21日(火)

5月21日(火)はれ
 原稿を入稿して、チェックも終わり、スケッチ編集部は一番暇な時期だ。みんな休んだり、ゆっくり出勤したり、のんびりしている。この暇を利用して、いくつかサンプル広告を作らなければならない。
 8月からオールカラー化の予定だが、一番のネックは広告。いくつかの古くからの広告主はカラー化を実質値上げと受け止め、なかなかカラー化に同意してくれない。そこで、小予算用に、今までなかった小さな広告スペースを作ったりして、同じ料金で、スペースは小さくなるけどきれいな広告ができますよ。と説得している。
 日本人以外の広告主はほとんんどすんなりカラーに移行したが、一部の日本人はなかなか同意してくれない。そこでサンプルを作って説得しようというわけだ。
 レストランが新装開店して、メニューが高くなったからといって、その店で前の安いのを出せ!とごねる客は誰が見てもおかしいのは明らかなのに、クオリティを上げ、カラー化にして高くなるのはいやだとごねるのは許されると思っている、勘違いオヤジが多い。
 そんなヤツはさっさと契約終了にしちゃえばいいんだが、営業の立場からだとそうも行かないらしい。いずれにしても後2ヶ月でカラーに移行できないところは「長い間ありがとうございました。カラー版のご用命があれば電話をください」ときっぱりさようならし、新規の気持ちのいい広告主と、お互いの利益のために仕事をしたいものである。

 このところ、なんだかとても眠い。夜も起きていられず10時には寝ているのに、朝起きられない。8時過ぎに起きることも多く、10時間以上寝て、まだ眠いなんて、体の調子が悪いのだろうか。それともあの狂ったように暑かった日々の疲れが、今ごろ出てきたのだろうか。
 朝、特に予定がなければ、何時に起きてもかまわないのが救いだが、目を覚まして9時過ぎだったりすると、午前中が短くて困るので、なんとか7時台には起きたいものだと思う。
 とはいえ目覚まし時計は使わない。もう何年も使っていないので、どこにあるかも分からなくなってしまっている。

●2002年05月18日(土)

5月18日(土)はれ
 W杯日本代表が発表になった。予想通り守備の要、森岡が復帰。これはこのところの失点の多さを見ても納得できる人選だろう。そのほか目立ったのはベテラン勢の復帰。これもチームに落ち着きを増し、集中力を高めるためにはいいと思う。ピンチの時はベテランの落ち着きが必要だろうから。
 トルシエはなにを考えてるか分からない発言や行動が多く、つかみ所がない我が儘な人物、のように報道されるが、だからいいのだとは誰も言わない。みんながなにを考えてるかすぐ分かっちゃうようなヤツが監督をしているチームが格上の相手に簡単に勝てるわけがない。
 こういうなんだか分からないヤツがいっぱいいるほうが、世の中は面白いのだ。それに訳が分からないといっても、日本代表は確実に強くなっているし、今回の最終メンバーにしても明らかに変だと言う指摘はできないだろう。つまりヤツは、やることはやっているのだ。
 ベトナムで日本のスポーツをテレビ見る機会はそう多くない。高いお金を払って、衛星受信ができるようにしても、NHKは放映権の問題とかで、スポーツに限り静止画像の前でアナウンサーが記事を読むだけだ。あれならインターネットで結果を見た方がいい。「皆様のNHK」は海外在住者を切り捨てている。
 しかし、サッカーは別。ベトナムは日本よりサッカーは弱いが、国民のサッカーの知識や観戦欲は日本よりはるかに高い。W杯ともなれば、2局しかないテレビ局が生中継、録画中継でサッカー一色。中継時間には街の交通量が減り、夜中の中継なら、翌日の就業人数が減るのである。
 だから日本のゲームばかりでなく、できるだけ多くのゲームをテレビで観戦しようと思う。日頃のスポーツ観戦飢餓状態を緩和するいいチャンスなのだ。

●2002年05月16日(木)

5月16日(木)はれ
 昼時に某ホテルの従業員が10人ほどやってきた。何事かと思ったら、ホテルの6周年記念で、送客数の多いAPEXに感謝、のイベントで、昼食のケータリングだった。
 品数は少ないが、全員がお腹一杯になる分量の食事と、デザートの果物が並べられ、みんなで御馳走になる。メニューはベトナム風チキンカレーとライス、チャーゾー、チンジャオロースーというベトナム人に取っつきやすいものだが、さすがにホテルのケータリング、味はばっちり、美味しく頂いた。
 さっさと食べ終わって、すぐに仕事。忙しい時期なのでそれもありがたいが、3時頃、なんだか疲れたと思って考えたら、昼休みもなく働いていたことに気づいた。そこで遅まきながらコーヒーで一服。
 
 先日、帰宅途中に左手にいやな感覚が。BMWのクラッチが変だ。最初は錯覚かと思ったが、徐々にクラッチが切れにくくなるに及んで、錯覚ではないと分かった。
 おそらくクラッチワイヤーが切れかかって、伸びたのだろう。なるべくクラッチを切らずに家までたどり着いた。
 明るいところでよく見たら、やはりワイヤーが切れかかっている。レバーの付け根のところで、寄り合わされているワイヤーがほつれて切れ、かろうじて一本で繋がっている状態だ。
 翌日、家に一番近い修理屋まで押していく。その修理屋はカブ専門でBMWはよういじらないが、パンク修理やワイヤーの交換くらいはできる。カブのエンジンをばらしていた兄ちゃんに、ワイヤーだと身振りで伝えると、換えの部品がない、という。
 馬鹿なこといってんじゃあないよ。なきゃ、買いに行け!とベトナム語で言うと、ためらっていたが、エンジンをばらされているカブの持ち主や周りのヤツも、そうだ、と同調してくれたので、兄ちゃんは下っ端に金をつかませてワイヤーを買いに行かせた。
 ホンの5分ほどで下っ端が帰ってきて、無事ワイヤー交換完了。こんなに簡単なんだから、さっさと買いに行って交換して、いくらかでももうければいいと思うのだが。もっとも総工費が5千ドンなので、兄ちゃんの儲けは3〜4千、そんな端金じゃあ、断りたくなる気持ちも分からないではない。

●2002年05月15日(水)
5月15日(水)はれ
 昨日編集部に行ったら大型クーラーは無事設置されていて、冷気を噴射していた。クーラーの近くはアラスカ並みかと思ったが、実はそうではない。というのも送風口が天井に向けられているので、風は天井沿いに一番端まで行き、壁にあたって、ちょうど編集部の会議テーブルのあたりに下りてくるのだ。
 つまりクーラーの近くは、音ばかりうるさくて、あまり涼しくなく、編集部は静かで涼しいという、かなり好条件の環境だ。
 だがそれでも寒いほど冷房が効いているわけではない。今までよりは涼しく、夕方になると肌寒く感じられるが、先週のような狂った熱波がやってきたらこれでも足りないような気がする。
 それに床が抜けるかどうか、まだ検査の結果が出ない。抜けるかもしれないとなれば、せっかくの好環境もそこで終わり。次がどうなるのかできてみなければ誰にも分からないのだ。

 日曜日に街へ買い物に行った。半袖シャツを探したのだが、なかなかいいのがない。あるのはポロやラコステのパチものばかりで、デザインもいまいち気に入らない。気に入ればパチでもいいんだが、どうしてこの手のシャツはこれ見よがしに胸にマークが入っているのだろう。 
 本物を買うにしても、ブランドをひけらかすような胸の刺繍は嫌いなので、なるべく刺繍のないものを探すようにしている。スーツにはあの手の刺繍がないがなぜシャツには必ず付いているのか理解に苦しむ。
 で、ちょっと高いかもしれないがメンズもおいてあるベトナム有名ブランドブティックへ行ってみた。買う気のない時には結構いいシャツが目に付いた店を2軒回ったが、どういうわけかどちらも5〜6着のシャツしかない。
 柄にもなくブティックなどを覗いたのが間違いと反省し、生地もおいてある仕立屋に行って、シルクを2種類と麻を1種類選び、仕立ててもらうことにした。シルクが各30ドル、麻は25ドル。これでサイズぴったりの2つポケットのシャツが5日ほどでできるのだから、安いものである。

●2002年05月14日(火)

5月14日(火)はれ
 昨日の午後、スケッチ編集部で仕事をしていたら、電気を10分切ると言う。新規導入したダイキン製中古大型クーラーに電源をつなぐためらしい。
 このクーラーは本当にばかでかいヤツだが、一台だけが部屋の短辺にど〜んとあるので、クーラーの近所はアラスカ並みの寒さだろうが、一番離れている編集部は暑いままなんじゃあないかと心配されている。
 その上床がその重量に耐えきれるかどうか、近日中に専門家が来て調べるという。そういうのは設置前に調べて、OKになってから設置するもんだと思うが、やることが全て泥縄式なのはだんどっているやつが馬鹿だからである。
 もちろん普通の建物なら、いくらでかいとはいえクーラーくらいじゃあびくともしないが、APEX新事務所はフランス時代に建てられたプチパリの香り漂うボロビル(しかも元刑務所だったらしい、ツールスレーンじゃなくてよかった)で、床に鉄筋が入っていないので、重いものは厳禁なのだそうだ。
 床が抜けると、近所に座っている人が巻き添えになるばかりか、下の階の店舗に来ていた客が下敷きになるなどの被害が予想されるため、さすがのAPEX社長も心配している。
 そんな話をしているうちに、部屋の中はどんどん暑くなってきた。効かないとはいえクーラーが稼働していたのを、電気を切ったのでまったくクーラーなしの状態なのだ。その上この建物は窓が開かない。それでもみんな耐えているのは、大型クーラーのアラスカ冷気を期待しているからだ。
 そしてついに大型クーラーの電源が入り、静かな音で稼働し始めた。ところがそこで電源が落ちた。おおかたクーラーの消費電力が供給電力を上回ったのだろう。そんなことも考えずにクーラーを設置してしいまい、問題が起きてから考えるのがベトナム式なのである。
 つきあってられないので、早じまいして家に帰った。

 期待のOSXだが、ワードが使えないのに加えて、ゲームが文字化けする、フォトビューワーが使えない、など主にクラシック環境下での不具合が多発し、やっぱりそういうソフトが追いついてくるまでは実用にならない、と判断した。
 それらのソフトはすでにOSXに移行しているのかもしれないが、ベトナムで入手するのは結構大変だ。ダウンロードも時間がかかるし、今度バンコクに行ったときに仕入れてくるしかなさそうである。よって2日でまたOS9に逆戻りとなったのであった。

●2002年05月11日(土)

5月11日(土)はれ
 特にすることもなく、外は暑いので、家でOSXをいじっている。スティーブ・ジョブズがOS9の葬式をしたそうなので、いよいよ時代はOSXのようだ。だから少しずつでも使えるようにしていかなければならないだろう。
 そう思っていじっていたら、この前はどうするかわからなかった、IEのお気に入りと付属のメーラーのアドレスブックをOS9から移動させるのに成功したので、これからはOSXをメインで使ってみようかとも思うが、まだ分からないことも多い。
 一つはネットワークで、他のマックとアップルトークでEther net接続しているのだが、マック同士がうまくつながらない。いろいろやっているうちにOSX側に他のマックを呼ぶことはできたが、反対がうまくいかない。
 もう一つはワードが開けない。ワードはOSX対応していないので、クラシック環境で開くのだが、立ち上がると同時に閉じてしまう。文章を書くのはテキストエディターがあるのでそれを使うとして、他からワード書類をもらったときが困る。やはり全てのアプリケーションをOSXのネイティブ対応にしないと駄目なのかもしれない。
 などなど問題は多そうだが、とりあえずこれでしばらくやってみようと思っている。
 午後、スケッチ編集部へ。さすがの暑さも峠を越えたようで、今日はかなり過ごしやすい。木曜日と金曜日に撮影した写真ができていたので、仮スキャンをしてレイアウトする。その他いくつかの広告を手直ししていたら6時を回ったので帰宅。
 今週は無事終わったが、来週は入稿日を週末に控えているので、忙しくなりそう。何しろまだ原稿がきていない広告がかなり残っているのだ。ベトナム人の営業がもう少し要領良く動いてくれれば、入稿日近くになってばたばたする必要はないのだが、なかなかうまくいかない。

●2002年05月10日(金)

5月10日(金)はれ
 今朝、BSAをじいさんのところに持っていった。スタンドを直すついでに左のエンジンが調子悪いので見てくれ、というと5時までかかる、と言われ、バイタクで編集部へ。
 午前中に漆絵と刺繍絵のギャラリーに写真を撮りに行く。このギャラリーはおみやげと言うより芸術品を扱っているので、刺繍の細かさや漆絵の仕上げはなかなかのものだ。
 漆絵は著作権の切れたヨーロッパや日本の有名な絵の模写や写真から起こす肖像画が多い。模写も単なる模写ではなく、原画のひび割れを玉子の殻を使ったモザイク仕上げで表現したり、要所に貝殻を螺鈿したりして、オリジナリティーを出している。
 刺繍はベトナムの7代続いた刺繍家の工房に依頼するそうで、他の店の元とはひと味違っている。
 オーナーとそんな話をしていたら、あっという間に時間がたってしまった。急いで編集部へ戻り、一仕事したらすでに時間は昼飯時だ。
 昼は新しくできたDiva fashion cafeに行ってみることにした。なにがFashionなのかと思っていたら、店内のディスプレィがマネキンや靴のオブジェなのだった。ベトナムには珍しく四角い広い空間で、真ん中に池がある余裕のスペースづくりだ。
 なかなかいい、と言いつつサンドイッチなどを食べてジュースを飲んで、食後のコーヒーも飲んで5ドル程度。値段もリーズナブルだ。
 食後のコーヒーを飲んでいるときに、営業のアキエの携帯が鳴り、電話に出た彼女が大声を上げて驚いている。内容が分からないので、何の事件かと思っていたら、電話を終えた彼女曰く「某歯科医院の日本人ドクターが急死した」
 思わず我々も驚きの声。だって彼はまだ30そこそこで、つい最近会ったときは元気そのものだったのだ。まさかあの人が、としばらく呆然としてしまった。
 確認の電話を入れたところ、詳細は不明だが、なくなったのは事実と判明した。ほんとうに世の中、なにが起きるか分からないものである。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

●2002年05月09日(木)

5月9日(木)はれ
 今日は雲が多かった分暑さはいくらかましという感じ。それにしてもとにかく暑く、冷房の効いた飯屋に行くのが唯一の楽しみである。 
 先週BSAのサイドスタンドがブラブラになってしまった。バネがはずれただけなのだが、上がった位置で止まらないので、紐で縛って応急処置をした。停車の時は紐に手が届くので、片手で紐をほどけばいいのだが、発車の時は誰かに支えてもらうか、適当な壁を見つけて車体をもたせかけないとスタンドが固定できなくて困った。
 すぐにBMWじいさんお店に行くと、明日10時に来いと言う。だがその日は朝からあちこち行かねばならず、いちいちスタンドを縛るのが面倒なので、2日後にじいさんの店に行った。
 そうしたらじいさんはニャチャンに出かけてしまって留守。金曜日まで帰らないらしいので、しかたなくそのまま編集部へ。一度バイクを止めたらバイクで出かけるのが面倒になって、バイクタクシーで出かけることにした。
 帰りにまたスタンドを縛って帰宅。ほどいて駐車。かなり面倒である。
 
 スケッチ編集部のある1フロアにはAPEXも同居していて、小さな台所がカンティーンになっている。専属のおばちゃんがいて、有料でコーヒーやジュースを作ってくれる。大変便利でいいのだが、いかんせんメニューが少ない。ビール以外の炭酸飲料が好きではないので、頼めるのはコーヒーかオレンジジュース、後は水を飲むしかない。
 以前シントー(フルーツシェイク)を出してくれ、と言ったら、社長が電気代を節約しろと言うのでできない、とかなんとかいいわけをされて、そのままになっていた。ついでの時に社長に確かめたら、そんなことはないので、直接おばちゃんに言ってくれ、というので早速通訳を介して進言した。
 今回はおばちゃんもいいわけなしで、来週からシントーがメニューに加わることになった。次はチェーやアイスクリームを交渉しようと考えている。

●2002年05月08日(水)

5月8日(水)はれ サウナのように暑い
 午前中は雲も多く、暑さも少しはましかと思ったが、昼過ぎからの撮影2発が夜の商売の店で、昼間はまったく冷房が効いていない。ピントを合わせようとすると汗が目に入って、写真も撮れないのだ。
 編集部に帰ってもクーラーは効いていないので、身体の熱が冷めない。一度涼しいところで冷やせば、クーラーが効いていないとはいえ、外よりは涼しいのでなんとか我慢できるが、暑いままの身体では汗が出るばかりだ。
 そこで目をつけたのが社長室。ベトナム人のほとんどくることもない馬鹿野郎のために一部屋区切られていて、クーラーがついているので、締め切ってガンガンクーラーをかければ身体が冷えると思い、進入した。
 ところが6畳ほどの部屋なのにどんなにリモコンをいじっても涼しくならない。クーラー自体がショボイところにもってきて、外があまりに暑いので、さっと効いてくれないのだろう。仕方なく退散する。
 一応大型クーラーの設置が承認されたようなので、工事に必要な5日ほど我慢すれば今より涼しくなると思われるが、仕切っているベトナム人が馬鹿なので本当に涼しくなるかどうかは誰にも分からない。屋根と天井の間に、日本で余っているアスベストを充填して断熱しないとだめなのではないかと思うが、誰も断熱材を入れようとはしないのだ。
 普通の年はこの暑い暑い日は10日もあれば終わり、毎日雨が降るようになるのだが、今年はずいぶん続いている。一度雨が降ったのが、2,3日で終わり、また暑い暑い日に再突入したのだ。
 
 夜中に胃と腹が痛くなって目が覚め、七転八倒するというのが2晩続いた。最初は何か悪いものでも食べたのかと思ったが、思い当たる節がない。これはいよいよ夜暴れ出す寄生虫にやられたか、とお腹の中を大きなミミズ状の虫が這いずる様を想像して楽しんだが、どうやらそういうことでもなく、流行病らしい。
 昨晩は夜中に苦しむことはなかったものの、下痢は続いていて、まだ病から抜けきってはいないようだが、便所に近いところにいる限りは下痢など恐るるに足らずだ。水分さえしっかり取っていればそのうち直る。

●2002年05月07日(火)
5月7日(火)はれ、今日も暑い
 ビールを飲みつつ、景色を見ているうちに、本日のキャンプ地ビンハイに到着。そこにはツーリズムの先乗り野郎が待っていた。彼はキャンプ地と晩飯の交渉をしていたのだ。
 まだまだキャンプなど珍しく、そんな旅は始まったばかり。だからやたらなところでキャンプはできない。事前に地元の人民委員会に交渉する必要があるのだ。クアンナムツーリストはクアンナム省の会社なので、その辺の交渉は強力だ。彼らが新しいツアーを組むために、我々が協力している部分もあるので、彼らもフルサポートなのである。
 晩飯を近所の家で食べる、というのを強引に断る。キャンプはたき火で料理だ、と言い張ってみたが、すでに晩飯の注文をしてしまったというので、妥協して、キャンプサイトまで出前してもらうことにした。
 船で川を1kmほどくだった砂浜にテントを張り、出前の料理とビールで晩飯。途中キャンプ地横に住むじいさんと犬が乱入したり、料理を作ってくれたおばちゃんに焼酎の出前を頼んだりして、盛り上がる。
 日本人はキャンプと言えばたき火なので、火を起こす。薪があまりないので、椰子の葉や、水牛の糞を燃やす。牛糞はチベットでは立派な燃料だそうで、どのくらい燃えるか半信半疑だったが、草が多く含まれていると見えてけっこうよく燃える。ただし火持ちは悪い。
 どんどん飲んですぐに酔っぱらうベトナム人はさっさとテントで寝てしまい、火のそばには日本人だけになった。そのうち中村オヤジも寝てしまう。さすがに今日は疲れたらしく、いつになく口数の少ないオヤジであった。
 朝、起きてテントを畳む。クマプーがトイレットペーパーを片手に土手の向こうから戻ってきた。向こうは畑で、どこに行っても人がいるらしく、やっと見つけた場所に座り込んだら、半分ほど出たところですぐ脇から女の子が出現し中断したという。もう少ししたい、というクマプーと共に出かけた。
 後ろが50cmほどの高さで土手状になったところを見つけ、前の畑を向いて座る。そうすれば近寄ろうとする人にも一目瞭然なので、近寄るのを遠慮してくれるに違いない。案の定きわめて居心地よく事を運べた。問題は前後の人目ばかり気にしたことだ。痛てえ、と思ったときはすでに遅く、小さな蟻に割れ目をかまれた。よく見たら蟻の巣の上に座り込んでいたのだ。蟻さん、ゴメン、と1m程横移動するが時すでに遅し。一発かまれた後は、すぐに薬を付けたにもかかわらず、一時は割れ目がなくなってしまうほど腫れ上がってしまった。
 キャンプを撤収して、船で街まで行き、上陸。10km程先の海を見に行くとバイタクに乗る二人を見送って、キャンプ料理を作ってくれたおばちゃんの喫茶店で休憩だ。なんだか寝たりなかったので、どんどん家の中に入っていって、ベットを見つけて勝手に横になる。すぐにおばちゃんがやってきて、もっと居心地のいいベットに案内してくれ、扇風機まで回してくれた。しばし熟睡する。
 船に戻ってホイアンビーチリゾートホテルを目指す。昼前に到着し、カヌーを水でよく洗う。チュンヤン川は川とは言え半分塩水なので、ブラシを借りてよく塩を落とし、炎天下に放置して乾かす。その間に昼飯を食べ、乾いたカヌーを畳んで今回の遠征は終了した。

●2002年05月06日(月)
5月6日(月)はれ、暑くて仕事にならん
 サイゴンは雨が降らず狂ったような暑さの日々が続いている。その上スケッチ編集部のクーラーが効かないので、仕事にならない。来週もこんな感じだと6月号が発行できるかどうか状況は厳しいだろう。
 それはさておき、昨日の続き、カヌーである。
 朝7時半に車でホイアンビーチリゾートへ行き、預けておいたカヌーを船に積む。ファルトボートなので畳んでしまえば持ち運びできるのだが、組み立てる時間がもったいないのでそのまま預けておいたのだ。
 船でツボン川をさかのぼり、チュンヤン川との分岐点へ向かう。チュンヤン川はツボン川河口から10km程内部に入ったところから、海岸沿いに南に向かい50km程先のタム川の河口まで続いている川で、要するに2つの川の間を海岸沿いに流れている日本ではあまりお目にかからない川である。
 流れていると言ってもどっちからどっちに流れているのか分からない。おそらく潮の干満にあわせてどこか途中の分水嶺を境にあっちとこっちに流れているのだろう。
 そんな川を行けるところまでカヌーで行ってみよう、というのが今回の趣旨だ。最初は2日で全行程漕破などと言っていたのだが、だんだん尻すぼみになり、1日で行けるところまで、に落ち着いた。
 川の分岐点でカヌーを3艇おろし、伴走船を従えてこぎ始める。伴走船にはツーリストの世話役ソンとモエ、片腕のエイハブ船長と航海士の計四人が乗って我々をサポートしてくれる。
 こぎ始めてしばらくは川幅も広く、漁の網や罠が多く設置されている。それらを縫うようにカヌーを進めると、両岸から子供ばかりかオヤジまで手を振る、声をかける、中には船で追いかけてくるヤツまで現れる。向かい風でカヌーの進路が定まらないので左ばかり多く漕ぐことになる。それでもなんとか漕ぎ進み、草原に上陸してランチタイム。ホテルのランチボックスとビールで優雅なピクニックだ。
 昼寝の後、更に漕ぐ。川は幅が狭くなり、風は更に強くなって漕ぎにくい。しばらく漕いで、mikは手に豆を作ったのでリタイア、写真係に戻る。残り二艇はしばらく漕ぎ進むが、あまり引っ張ると夕暮れまでにキャンプ地にたどり着きそうもないので、ホテイアオイの大群で行く手を阻まれたのを乗り切ったところで終了し、カヌーを船に積んだ。

●2002年05月05日(日)

5月5日(日)はれ、クーラーなしでは暮らせない
 車に乗り込んでしばらく走ると、田圃の真ん中に温泉が湧いているところに到着。温泉は2カ所で湧いていて、それぞれコンクリートで囲いができている。温度がかなり高いので、その中に入ることはできない。
 お湯は囲いから外に流れ出し30cm程の細い流れになって、田圃のしたの小川に流れ込んでいる。つまり湯に浸かる場所はないのだ。
 囲いの外に小さく湧いているお湯が深さ30cm位の湯たまりになっている。手をつけてみたら、ちょうどいい湯加減、早速靴を脱いで足を入れる。コンクリートの外囲いに座って、足だけ温泉に浸しているとどんどんリラックスしていく。山歩きの疲れが抜けていくのが分かる。 
 お湯はほんのり硫黄の香りがする少しぬめり気のある透明泉だ。日焼けにも効きそうな気がして、クロマーを浸して顔や腕をぬぐう。
 夕暮れ時になりだんだん暗くなってきたので車に戻り、ホイアンを目指す。山道を登ると盆地に田が広がり、周囲を山が囲んで絶景である。
 峠を越えたところで地元民が篭を下げているのに出くわした。篭は罠になっていて、中には大きめの灰色のリスが入っている。運転手が車を止めて売ってくれと言う。最初はためらっていた地元民も結局1万ドンでリスを売った。
 ガイドに食べるのか?と身振りで聞いたら、バナナとの答え。どうやらペットとして飼うらしい。おとなしくてよくなつくという。
 車の中で、中村さんが今日は誕生日だというので、男ばかりで申し訳ないがお祝いをしよう、ということになり、4人で「グッドモーニングベトナム」へピザを食べに行く。中村オヤジがさりげなく、ベトナムでは誕生日の人が金を払うのが習慣、と言い出したので、今夜は中村さんのおごりとなった。
 テーブルに座ってビールを頼み、ピザやパスタを注文する。そこへ伊沢嬢が登場。彼女はソロでチャムチャネルを泳いだ後、他のスイマーとは別行動で、ハノイまで行くという。食事をしていたら、買い物に行った中村オヤジを見かけたのでついてきたのだそうで、これで場が一気に華やかになった。
 さんざん飲み食いし、ぐっすり眠って、明日のカヌー漕に備える一同であった。

●2002年05月04日(土)
 5月4日(土)はれ、狂ったように暑い
 朝早くホーチミンへ移動するスイマーたちは見送らず、少しゆっくりと寝る。
 本日はミーソンから聖なる山マハーバルヴァタをかすめるように山の中をトレッキングして温泉のわくところに出る計画だ。
 メンバーはクマプーと中村オヤジ、それにハノイからチャネルクロッシングにボランティア参加の中村さん。彼は歩かず、ミーソン見学の後はドライバーと共に我々をピックアップに向かう。
 3人+クアンナムツーリストのソンと地元の農民出身のガイド2人の計6人は足取りも軽く歩き出した。先頭を行くガイドのオッちゃんはかなりの早足でどんどん進む。山歩きになれていないと思われるソンが以外とがんばって歩く。やがて道は登りになるが、オッちゃんの歩調は変わらない。ついていこうとがんばったら頭がクラクラしてきた。足はついていけるが心肺機能が追いつかない。
 仕方なく勝手に、息切れが収まるまで休憩する。みんなの後を追って歩き出したらすぐに登りは終わり、流れのそばに出て昼食になった。
 昼食はミーソンの休憩所で買ってきたベト飯弁当だが、これがまずい。こんなまずいベト飯は久しぶりだ。なんとかおかずの野菜だけ食べたが、米はとても食べられない。そこでスイマーに提供された余りのネスレのエナジーバー・アップルシナモン味を食べることにした。味はアメリカのアップルパイで結構うまいがやたらと甘いので、半分も食べると飽きてしまう。弁当半分、エナジーバー半分で飯を終え、出発した。
 道は軽いアップダウンを繰り返しながらマハーバルヴァタの左側を迂回するように山の中を続いている。途中にいくつか分かれ道があるので、ガイドなしでは迷うだろう。写真を撮りつつ、木立の中や、草原を進むと小さな流れのそばに出た。そこで休息だ。岩の上にへたり込んで、デイパックをおろし、カメラとセコニックを首からはずす。生ぬるくなった水をペットボトルから飲むと、汗がどんどん噴き出してくる。
 しばらくすると、なんとか動く気力が出てくるので、少し岩を下って、首に巻いているクロマーをほどいて流れに浸し、汗をぬぐう。
 その先しばらく山の中を進むと、足場の悪い長い下りが始まる。滑らないように注意しながら下りるが、下りても下りても道は平坦にならない。やっと平坦になったら木々もなくなり、炎天下を歩く羽目になった。
 やがて田圃が現れ、農家が現れる。草原で最後の休憩をして、ペットボトルの水を飲み干す。左に堰止め湖の工事現場が現れ、トラックが砂埃をもうもうと立てて進む。そんな中、ほこりっぽい田舎道をひたすら歩いていたら、ビールのありそうな店があった。
 日本人一同ビールを所望するが、ガイドはもう少しで大きな通りに出るからと言って止まってくれない。更に15分ほど歩いて休息。どうやらその店で中村さんと車を待つ算段になっているようだ。
 外国人など滅多に来ないのだろう、子供や老人が柵の外から見物している。こんな風に見せ物になるのも久しぶりだが、そんなことより、全員の心はすでにビール。氷とビールをどんどん持ってこーい!
 氷の入ったピッチャーに直接ビールを注いで冷やし、各自のグラスを満たす。強要される一気飲みは大嫌いだが、こんな一気飲みは大歓迎。すごい早さでどんどんビールを飲む。飲んでも飲んでもまだ飲める。ようやくペースが落ちた頃、車がやってきて、中村さんが合流し更に飲む。

●2002年05月03日(金)

5月3日(金)はれ
 潮と風が南から北に向かっているので、船もスイマーも北に流される。だから真っ直ぐに浜を目指さず常に南を向いて泳がなければならない。
 先頭を観光船、それを追って1号、2号、3号が続き、本部のスピードボートとジャーナリストを乗せた4号は行ったり来たり。ジャーナリストはスタートの写真を撮ったら早く浜に上がりたがるが、4号船は緊急時のフォローもしなければならないので、浜に向かうわけには行かないのだ。結局全員先頭の観光船に乗り移る。この時点から4号船は我が船となり自由自在に動けるようになった。
 スイマーの泳力に差があるので、各船の間隔がだんだん開いていく。しかしリレーチームはダナン水連の子供たちががんばって、ソロを抜き去り、先頭に立った。徐々にディュオが遅れ始め、その差が広がっていく。
 心配されたカヌー組だが、クマプー・猿渡組はソロ泳者をきっちりとフォロー。猿渡も初めてとは思えないパドル捌きで波をぬっている。カヌーを漕ぎつつ酔ってゲロを吐いた長尾は早々にライフガードと交代した。ライフガード氏はかなりのカヌー巧者で、まったく問題ない。ずっと遅れた秋山・長谷川組は長谷川が交代直後に沈するアクシデントを乗り越えてがんばっていたが、午後になってうねりが高くなりついにリタイア。スイマーも含め、この日唯一のリタイアとなった。
 適当なところで海上を切り上げ浜に向かう。ゴールの写真を撮らなければならないのだ。ところが浜近くは波が高く船が浜に近づけない。漁師はすかさずお椀船をおろしてそれに乗れという。
 お椀船は底にかすかだが水がたまっている。濡らしちゃあいけない機材を持っているので20cmx50cm程の座席用の板にカメラバックとデイパックを置く。そこだけが乾いているのだ。3脚を放り込んで、乗り移ろうとするが荷物にさわって水没させないように不安定な位置に下りたらよろけて首から提げたカメラが少しだけ海面をかすめた。
 漁師の一人が乗り込んで岸まで櫓を操る。左後方から波が来るたびに水をかぶりそうだ。だが漁師は舟をうまく波にのせ、無事岸に到着した。
 最初にゴールしたのはリレーチーム。ゴールの手前で全員海に入って泳ぐので写真を撮るのが大変だ。それからすぐにソロ。彼女は途中から左手が上がらなくなって片手で泳いできたという。
 2つのサポート船は浜につけないので、1時間ほどかけて川を迂回してホイアンビーチリゾートホテルの裏まで荷物を運ぶ。
 ディュオチームは遅れた分強くなった風と波に流されてまったく方向違いの方角から現れた。それでもなんとか泳ぎ切り全員無事ゴールした。

●2002年05月02日(木)
5月2日(木)はれ
 先月モバイル日記で書いたように、27日にホイアン沖18kmにあるチャム島に渡った。日本から来たスイマーやダナン水連の子供たち、報道関係者、日本人ボランティアスタッフは大型の観光船に乗る。早く島についてフォールディングカヤックを組み立てるため、カヌー組はスピードボートに乗って出発。
 川から海に出ると結構うねりが高く、水しぶきが上がる。明日もこんな調子だと泳ぐのもきついが、カヌーはかなりつらそうだ。
 浜でカヤックを組み立てる。7人で3艇組むだけだが、全て違うカヤックなのと、組み立てそのものになれていないので、時間がかかり、スピードボートのアドバンテージを使い切ってしまう。
 その後浜の近くでカヤックとスイマーのフォーメーションを練習して夕食。それからホイアンリバーサイドホテルが用意してくれたチャムダンスを見る。そうこうしているうちに消灯時間の9時になり、スイマーはすぐにテントの中へ。我々も小一時間飲んで寝ることにする。
 ところが暗くなって浜にやってきた観光船が大音響でカラオケ大会の真っ最中。全体を仕切っている中村オヤジが「9時までと申し入れておく」と言ったにもかかわらず、カラオケのテンションは上がる一方だ。
 チャム島の浜では地元の人もテントを借りてキャンプをするようで、特に連休で人出が多い。我々の貸し切りではないのでこういうことも起こりえるのだが、それにしても困ったものである。幸い半ギレの中村オヤジがけんかを売りに行ったら、一発でカラオケが止まった。
 しかしその後もテント近くの掘っ建て食堂で飲んでいる他のグループが歌い出したり、食堂の従業員が大声で話したりと、安眠の環境にはほど遠い。その上上空には満月が煌々と輝いている。あす4時無事に起きられるだろうか。

 4時にたたき起こされ、食事後スタッフは3台の伴走船に乗り込む。1号船は一人で全部泳ぎ切るソロの部に参加の伊沢さんのフォロー。カヤックはクマプー+猿渡チーム。2号船は二人で交代交代に泳ぐディュオ2組のフォロー。カヤックはAPEX添乗員長尾(元2Aの野球選手)と地元フラマリゾートでライフガードをしているユンさん。3号船はみんなで少しずつ泳ぐリレーチームのフォロー。カヤックは商社員秋山とカヤック歴2時間の長谷川。
 実を言えばカヤック歴のまともなのは商社員秋山とクマプーだけで、後はみんな急造。長尾も2時間だし、猿渡に至ってはまったく初めて、ぶっつけ本番なのである。ライフガードはサーフカヤックに乗っていると言うが、実力の程はまったく分からない。更に言えば、クマプーと秋山にしてもなんと海は初めてなのだ。
 そんな急造チームでサポートされるスイマーもかわいそうだが、それぞれの伴走船はこの海域を知り尽くした地元の漁師船なので、大船に乗った気持ちで泳げばいいのである。
続く

 

「ジャアク商会ゴールドメンバー」 は有料です。
詳しくは、こちら をごらんください。

「ジャアク商会ゴールドメンバー」の
三日堂ベトナム情報局
最新の日記公開ページへ飛ぶ

(有料です)

(c) copyright 2002 MIK & Jya-Aku Corporation
All rights reserved.

アジアの中心 ジャアク商会のホームページはこちら


三日堂とジャアク商会への声援、激励、連絡はこちらへ

ジャアク商会総本部

誤字・脱字があればご連絡を