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三日堂ベトナム情報局
執筆担当
ジャアク商会ベトナム支局長
石原文春
2002年9月のバックナンバー
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●2002年09月30日(月)
9月30日(月)はれ
ホッパーズカンボジア遠征1
27日夕方、一応UBチャンと3時50分にチェックインカウンターで待ち合わせ。チェックインを待っている間にヘルメットを持った外人がやってきた。誰かは知らないが「ホッパーズ」と声をかける。
彼はドクター・リチャード。本物の医者である。よく国際登山隊などに医者が同行するが、ホッパーズもそういうレベルになってきたのである。
その後、今回の案内役でクメール語の達人、ダンと唯一の女性ウテ、イーラの3人が来て、全員チェックイン。だがイミグレを通過する頃には離ればなれになってしまった。でも同じ飛行機の乗るのだから、どうでもいいのである。
空港ラウンジには免税店は4〜5軒並んでいるが、茶店は一軒しかないのでいつも混んでいる。席の確保をあきらめて、UBチャンが買ってきたビールをラウンジの一般待合い席で飲む。やがて時間が来て腰を上げた我々は、茶店でビールを飲むイーラを発見。さすがはドイツ人、どこでもまずビールなのだ。
イーラに合流すると、ウテもやってきて、4人でもう少し時間をつぶす。再度搭乗のコールがあったので、ゲートに向かう。それにしてもタンソンニャット空港の英語のアナウンスは各段の進歩だ。今や完全に聞き取れるレベルになって、安心して飛行機を待てるようになった。
ゲートを通過した我々は最後の乗客だったようで、数人が大きなバスに乗って飛行機に向かった。ATR72は80席くらいのプロペラ機だが、機内はガラガラだ。着席して飛び立つとジュースが配られる。この路線は40分しかかからないためかビールも食事もないのだ。
ウテが用意してくれていたカンボジアビザ申請用紙や、機内で配られる入国書類に記入する。これらの用紙には必ずと言っていいほど「職業」を書く欄があるが、どう書けばいいのか前から気になっていたのだ。会社員とかビジネスマン、なんて言うのでいいのか、もっと具体的に関東地区担当営業主任、とか主席秘書と書くのだろうか。そもそも観光で入国するのに職業を明記する必要があるのか。
わたしの場合いろいろな仕事をしているので、一言で書くのはなかなか難しい。だから普通はデザイナーとかアートディレクターなどと書いておくが、いつも釈然としないのだ。いっそ俳優、歌手、モデルなどという単純明快な職業ならいいのに、と思っていた。そこで今回はミュージシャンと書いてみる。これでも別にかまわないんじゃあないだろうか。
そうやってミュージシャン気分に浸りつつプノンペンに到着。申請用紙と写真、20ドルでビザをもらい、ホテルのランクルで街に向かった。
ホテルのロビーには先乗り組のトム、玉田、クマプー、ヘンドリックが待っていた。某所に消えたダンを除いて、これで全員集合。3カ国から5国籍の10人が集まったのだ。まさに「ホッパーズインターナショナルミーティング」だ。
チェックイン後、再集合してバイク屋を待つ。2つのレンタルバイク屋が計10台のバイクをホテルまでデリバリーしてくれる。契約書にサインしてパスポートを渡すと1日7ドルでバイクが借りられるのだ。バイクはXR、Baja、などホンダの250がほとんどだが、中にスズキが1台混じっている。
全員自分のバイクを確認し、それに乗って夕食に出かけた。
つづく
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●2002年09月27日(金)
9月27日(金)はれ
昨日は週一回の土いじりの日なので、ビンユンの工場へ行く。久しぶりにDTに乗って行った。随分長い間放って置いたので、すぐにはエンジンがかからなかったが、キックを20回位したら真っ白な煙を吐きつつエンジンがかかった。工場まではDTだと25分、距離にして20kmである。
工場に行ったら、この前デザインを渡した鉢ができていた。どれもなかなかいい感じだが、具体的なものが描かれたヤツは、もう少しデザインに忠実な方がいいような気がしたので、その辺を打ち合わせ。たくさんの中から5点に絞るというので、その5点でもう少しデザイン展開をすることになった。
その後は土いじりをして、メシを食って帰宅。午後の会議に出るべく編集部へ。
今日はいよいよホッパーズカンボジア遠征の出発日だ。フライトは5時15分なので、4時少し前に空港に着けばいい。荷造りをしたら特にやることもないので、不調のコンピューターをいじることにした。
不調の原因はファイル共有機能拡張と何かのコンフリクトなので、とりあえずファイル共有機能拡張を外してある。それをシステムに入れ、代わりにOSインストール時にインストールされたもの以外の機能拡張を外す。この中に悪いヤツがいるはずなので、これらを二つにわけ、どちらかをシステムに入れてみて、調子の悪い方をまた二つにわけ…と繰り返していくと、最後には悪いヤツが判明するのである。
まずすべてを外した状態で起動してみる。このまえは問題なく立ち上がったので、今回も、と思ったのだが、なぜかエラーが出た。と言うことは機能拡張書類たちは関係ないと言うことだ。ここで方針変更をしなければならなくなる。
機能拡張に入ってなくて、見えないところで起動するヤツはパーム関係とATM。この前パームを外してもだめだったので、ATMを疑ってみることにした。外して再起動。問題なし。つまりATMが悪いヤツだったのだ。
ファイル共有機能拡張とATM、どっちを取るかと言うとATMなので、解決しない場合はファイル共有は使えないまま行くしかない。まずはATMの再インストール。なんとこれであっさり問題解決。
ついでに起動ディスクの容量を増やすためにアプリケーションをいくつかストーレッジに移動した。これでまたiBookが快適に作動するようになったわけだ。
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●2002年09月25日(水)
9月25日(水)はれ
昨晩は千葉県人会。いつもなら我孫子市・根本が幹事をしてくれるが、多忙で誰か代わってくれ、とのメールが入り、我孫子市・松原が急遽幹事をしてくれた。場所は復活した「故郷」
復活以来初めて行った。建物の構造は昔と変わらないが、座敷だった所もテーブルになり、全体にきれいになっている。二階の厨房から料理を降ろす名物の人力エレベーターもなくなった。昔はエレベーター専門の姉ちゃんがエレベーターの前に陣取っていたものだ。いまはどこからどうやって料理を運んでいるのか不明。
各テーブルに丸い切り欠きがあって、中に炭をいれた壺を置き、上で肉を焼くようになっている。写真付きメニューはなくなったが、日本語メニュー、日本人用の箸は健在。普通韓国料理屋では平たい金属の箸があり、日本人には使いにくい。それを知ったオーナーは日本人には普通の木の箸を出してくれるのだ。
8人でビールを飲みつつ、豚バラ焼き、骨付きカルビ、骨なしカルビ、チジミ、イカ、豚キムチなどを食べる。昔は韓国風麻婆豆腐という秀逸なメニューがあったのだが、新メニューには見あたらない。オーナーを呼んで聞いたら、特別に作ってくれた。
ひとしきり騒いで、9時過ぎにお開きとなる。みんなは三々五々家路につたようだ。わたしは近所のクーロンに寄る。クーロンのカウンターにはくらい顔をした商社秋山が一人で座っている。
顔ほどは暗くない口調で彼が言うには、クマプーご一行のニャチャンダイブ旅行、帰りは夜行バスになったそうだ。そしてそのバスがサイゴンまで後1時間ほどのところで、バイクをはねとばし、3人乗りをしていたバイク乗客のうち2人が死んだらしい。残った一人は半狂乱で踊り狂っていた。
そんなすごいことがあったのに連中は写真も撮らずに帰ってきたようなので、視覚で確認できないのだが、詳しい話はクマプーが書くと思うので、みなさんご期待ください。
そんな話をして、商社秋山は去り、その後はカウンターで隣り合ったアパレル関係のおじさん達と話をする。そろそろ帰ろうか、と言うときになって、レストラン「博多」勤めの連中が、やきとり持参で現れたり、サッカー部のT氏が現れたり。そんな人たちと話していたら時刻はいつの間にか1時近い。まだまだ飲み足りない連中に別れを告げて、ベスパで家路をたどったのである。
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●2002年09月23日(月)
9月23日(月)こさめが降ったりやんだり
日曜日、あまり天気がよくないので、家でじっとしている。ベトナムでは本や雑誌は手に入りにくいし、テレビはつまらないし、DVDは英語だし、家でのエンターティメントはほとんどない。だから家で過ごす日曜日は本当にやることがない。
コンピューターの前に座って、ゲームをしたり、ホームページをチェックしたり。飽きると寝転がって、もう何度も読んだ本をまた読み返す。犬と遊ぶ。お茶を飲む。それを繰り返すのである。
そんなことをしているうちに、雨が上がって、空が明るくなってきたので、サンダルを買いに行くことにした。今持っているサンダルはその辺で2万ドンくらいで買ったもので、底がはがれかけているのだ。今度は街に出て少ししっかりしたサンダルか、できれば雨の日にバイクに乗ってもいいような、プラスティック素材でつま先を覆うような、サンダルと靴の中間みたいなのが欲しいところだ。
そうは思ったのだが、靴やサンダルを買うときの行きつけ、通称ロシアンマーケットは現在改装工事中。もっとも工事が終わった後、前と同じようにたくさんの安靴屋が軒を並べるかどうかは分からないが。さて、どこに行こう、と思案して思いついたのがベンタン市場の横の小道。靴屋がづらっと並んでいるのだ。
久しぶりに行った横町は相変わらず靴屋が並んでいる。適当な店に入って、並んでいる靴やサンダルを見るが、いまいちピンと来ない。スニーカーはやたらとカラフルだし、底も厚いものが多い。サンダルもスリッパ状のものばかりだ。
そこで横町はあきらめて、グエン・ディン・チュウ通りへ。こっちはローカルファッションエリアで、パチものや工場からの流出ものが多い。最近現れた靴屋エリアへ行くが、あまりぱっとしないので、時々行く靴屋へ向かう。
バイク用のつま先を覆うようなサンダルはないが、ウォーキングサンダルのしっかりしたのが会ったので買うことにする。ところが店の兄ちゃんは、そのサンダルの素材は雨に濡れると臭くなるのでやめた方がいいという。そこでデザインはイマイチだが、濡れても平気なサンダルを買うことにした。ついでに黄色い鼻緒のビーチサンダルを見つけたので、家でのつっかけや旅行用に買うことにした。兄ちゃんはあんまり質はよくない、と言うが、鼻緒のあるビーサンスタイルのはそれしかないので、よしとする。
帰りにコリアンタウンに寄る。ここの食料品店のキムチはなかなか旨く、そのままごはんと食べてよし、豚肉と炒めてよし、鍋にしてよしのオールマイティなので、時々買うことにしている。ついでに買った韓国風豆腐は堅めで豆の味がしっかりとあり、こちらもお勧め。
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●2002年09月20日(金)
9月20日(金)はれ一時あめ
今日はバイクの受難日。まずはBMW。昨晩ガレージがガソリン臭いので、よく見たらBMWからガソリンが漏れている。しかし、コックはオフだし、たぶんオーバーフローだからすぐに止まると思い、そのままにして置いたんだが、朝になってもガソリン漏れは止まっていない。
幸い今朝は何の予定もないので、明るいところでよく見てみたら、原因が分かった。BMWのタンクは下部の左右に突起があって、そこをゴムパイプで繋ぐようになっている。左右のガソリンを均一にするためと、ガソリンを完全に空にするときのドレンになっているのだ。
最近のバイクにはこれがないので、ガス欠の場合車体を傾けると反対側のタンクの底に残っていたガソリンで何百メートルか走れたりする。しかしタンクを空にしようとすると、外して逆さに振ってもなかなかうまくはいかないのだ。
でまあ、そのパイプ繋ぎは便利だし考えられているのだが、そこが劣化すると、あたりまえだがガソリンが漏る。漏っている箇所は分かったし、時間もあるので、バイクを押して一番近所の修理屋へ。こういう故障は説明しなくても手で示せばいいので楽である。
本来はガソリンを一度全部他の容器に移してから、ゴムパイプの交換をするのだろうが、修理屋のオヤジは、手下に片方のゴム管の付け根をペンチで押さえさせ、もう一方を抜いて、突起の口をすぐに指で押さえ、早業で新しいパイプを差し込んだ。あらかじめパイプの先端にボルトをつっこんでガソリン止めにしてある。ボルトの先をペンチで止め、手下がペンチで押さえているパイプを外して素早く口を指で押さえ、ボルトを外したパイプの口を素早く差し込んで修理完了。計300ccほどのガソリンを無駄にしただけである。
念のためパイプの両口を針金で縛ってもらい、計3000ドン。思わず2000ドンチップを払う。
家に戻ってベスパに乗り換え、編集部へ。ところが途中で後輪がパンクしてしまった。すぐに路上パンク修理屋に駆け込む。
兄ちゃんは後輪に空気を入れて「終わった」と言うが、完全にぺちゃんこのタイヤを見てパンクだとは思わないのだろうか。あまり要領がよくなさそうなので、他の店に行こうかとも思ったがそれも面倒だ。などと考えていたら、満パンにしたタイヤの空気が見る見る抜けて、元のぺちゃんこに戻った。これで兄ちゃんにも状況が分かったようだ。
ベスパのタイヤはよくできていて、ネジを5本外すとホイールが真ん中から左右に割れ、簡単にタイヤがはずせるようになっている。その上本来はスペアタイヤを積んでいるのだが、町中にやたらと路上パンク修理があるサイゴンでは必要ないだろうと外して、荷物用のフックを付けている。第一、スペアタイヤがあっても、スパナなど工具を持ち歩いていないと交換できないではないか。
兄ちゃんはベスパのケツに工具箱をかまして後輪を浮かせ、さっとタイヤを外してチューブを引き出した。空気を入れて水につけると勢いよく泡が出る箇所が2カ所。そこへ最近はやりのコールドパッチを当てて、修理完了。総額1万5千ドン。普通は一カ所5千ドンほどなので、すこしばかりぼられているような気もするが、そこはよしとする。
と言うわけで、バイク。壊れるときは次々と壊れるものだ。
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●2002年09月19日(木)
9月19日(木)はれ一時あめ
スケッチ怒濤の入稿締め切りをなんとか乗り切り、木曜日は楽しい土いじりの日だ。8時頃、遠出用のBMWで家を出る。40分弱で探検隊長の工場に着く。街に向かえば40分では下手をすると街中の目的地にたどり着けないこともあるのだが、郊外に向かうとかなりの距離を走れるのだ。
今日は今までに作ったものが焼き上がっていた。しかしどれも満足のいくできではない。どうやればいいのか答えを探しながらの作業なので、うまくいかないのはそれなりに今後の参考になるのだが、まともなものがひとつもないのはやはりちょっとめげる。
しかしまあ、仕事じゃあないし、ノルマがあるわけでもないし、のんびり行くぜ。今日は新しい試作品も加えて3アイテムを作る。今度はひとつぐらいうまくいってくれるといいのだが。
作業途中で激しく降ってきた雨もすぐに上がり、10時過ぎに客のアテンドでやってきた探検隊長とこちらも客のアテンドできたプレキッチ店長、それぞれのお客様の5人で昼食。高菜漬けと玉子の炒め物、豚肉、肉詰め豆腐トマトソース、貝のみそ汁という豪華メニュー。食事の後家へ戻る。
午後からは編集部へ。すで11月号の準備は始まっているのだ。レストラン特集は生ビール、本日はライオンへ行き、ビールとドイツっぽい料理の写真を撮る。当然ビールを飲んで料理も食べるのであった。
来週の金曜日から、ホッパーズのカンボジア遠征が始まる。すでに飛行機は押さえたが、明日は発券してもらわなければならない。水平飛行をするまもなく着くという距離のくせに往復150ドルもするのは困ったものだが、いまさらバスで行くのも面倒なので、予定通り飛行機で行くのである。
金曜日の夕方行って、土日とバイクを借りて、案内人に案内されるままにどこかに行くらしい。なんでも海の方だとかいう話だが、詳しいことは気にしていないので、よく分からない。とにかくオフロードを走って、どっかに止まって、別ルートで戻ってくるのである。
詳しい報告は後日することになるだろう。 |
●2002年09月18日(水)
9月18日(水)はれ後あめ
毎月この時期はスケッチ入稿の締め切りで忙しい。それでも作業のローカル化を進めているので、毎月少しずつ楽になってきている。扱う言葉が日本語なので、完全ローカルかはできないのだが、それができたら仕事がなくなってしまうのだ。だからこのままギリギリまでローカル化して、締めだけは日本人がやる、と言うのが理想なのだ。
ダラット別荘計画が一歩前進した。半金を払い込んだので、オーナーは名義変更の手続きにかかった。すでに名義変更代行手続きサービスに連絡したそうだ。このまま順調にいけば早くて3ヶ月、遅くとも半年後には名義が変更される。
代行手続きサービスといっても実体は名義変更の係りの役人なので、奴らに任せておけば間違いはない。他のを放って置いてこっちのを先にやってくれるかどうかは分からないが、少なくとも他のに追い越されることはないだろう。それに名義変更は先方の責任なので、どんな方法で行うかはすべて任せるしかないのだ。
オプションとして、名義変更前の別荘引き渡しが話し合われた。来年1月以降、残金の50%(つまり全体の25%)を支払えばいつでも引き渡してもらえる。だから1月半ばに引き渡してもらって手直しをすればテトは涼しいダラットで向かえることもできるわけだ。先方も早く全額精算をして、その金でおそらくはホーチミン市に家を買いたいらしく、故意に引き延ばしたり、契約ご破算になるようなバカなマネはしないと思われる。
となると、次は別荘改装計画に取りかからなければならない。庭をどうするか、建物の改装と増築をどうするか、少しずつ具体的な図面にして、ダラットの業者と話さなければならないが、改装、増築の資金はないので、まずは庭の整備になる。
よけいな木を切って、ピクニックスペースと花や野菜の菜園をつくるのだが、傾斜地なので段々畑状にする必要がある。その各段の段差部分をどれくらいしっかり作るかで値段がかなり違うはずだが、これはまあ、できる範囲でやっておいて、金ができてから補強していくしかないだろう。
建物も同様で、まずはどうしても必要な最小限の改装を、将来の改装をにらみながらやっていく必要がある。このへんを地元業者と打ち合わせるのが一苦労になりそうな予感がする。
帰る頃に雨が降ってきた。しばらく待ってほとんど止みかけた頃帰宅。ところが途中で大渋滞に巻き込まれたので、Uターンして迂回路へ。迂回路はまったく混んでいないので、楽勝で家の近くまで来たら、またまた大渋滞。
その辺は迂回路が1つしかないのである。そっちへ廻ったら、そっちも大渋滞であった。それでもバイクの列は動いているので、流れに乗って渋滞を乗り越える。雨はホンの小雨で、こうなると埃を沈めるし涼しいしかえって小雨でよかったくらいである。
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●2002年09月16日(月)
9月16日(月)はれ
先週、昼飯のあいだ電源を切っていたiBookを、午後の仕事に備えて起動したら、タイプ29のエラーでファイル共有が突然終了し、その後フリーズするようになってしまった。午前中は普通に使えていたので、原因がさっぱり分からない。
その日はあきらめて、帰宅後マックメディックで起動ディスクの修復をする、他のマックから1バージョン古いファイル共有を移植する、などといろいろやってみるが、うまくいかないのでインストールCDから立ち上げ、システムの機能拡張からファイル共有を外す。それでとりあえずは問題解決。IBookは無事起動して普通に使えるようになった。
ファイル共有が機能拡張にないとどうなるか、というと、ネットワーク上の他のコンピューターからiBookにアクセスできないのだ。でもなぜかiBookからは他にアクセスできるので、さして問題はない。
それでもなんだか気持ちが悪いので、ウラで起動しているアプリケーション(ファイル共有もその内のひとつなので)をひとつずつ外してみたり、初期設定を捨ててみたり、PRAMクリアーをしたりするが、うまく行かない。思い切ってシステムの新規インストールをすると問題は解決した。
しかし、新規インストールではインストールされない、後から入れたアプリ用の機能拡張を移したら、やはりタイプ29のエラーが出る。と言うことはシステムの問題ではなく、後から入れた機能拡張のどれかとファイル共有がコンフリクトしているのだ。そこまで分かったものの、ひとつずつ原因を追及する気が失せたので、ファイル共有を外したままで使うことにした。暇ができてやる気になったら、後から入れた機能拡張をひとつずつチェックしたり、ファイル共有の読み込まれる順番を変えてみたりするつもりだ。
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●2002年09月11日(水)
9月11日(水)くもり一時あめ後はれ
月曜日にさぼったツケがまわってきて、昨日は大忙し。結局昼飯を食いっぱぐれてしまった。今日はそういうことがないようにカンティーンのおばちゃんに弁当を頼んだのだが、直前になって総帥から「メシを食おう」との連絡。赤とんぼに向かう。
カウンターには総帥と派手なネクタイを締めたUBちゃんがいた。
「UBちゃんどうしたの、ネクタイなど締めて」
「いやあ、工場の女の子に手を付けちゃったので結婚することになりました。今日はその報告」
などという会話があったような、無かったような。
タンタン麺+半チャーハン、5.5ドル、を食べて金を払い、帰ろうとしたら外は雨。しばらく雨宿りをして、編集部へ戻る。
朝、時間があったのでベスパ屋へ行く。エンジンは快調で、このところの雨もものともしないのだが、ホーンを鳴らすと鳴りっぱなしになったり、ライトオフなのに点灯したりと、スイッチに問題がある。ついでに前ブレーキ調整とガソリンタンクのキャップからのガソリン漏れを解決し、スペアタイヤを外したところにフックを付けたいのだ。
オヤジはまずスイッチをばらし、故障を発見。新しいスイッチとフックを買いに行くから先払いで6万ドンくれと言う。金を払うと手下がどこかへ買いに行った。
買ってきたスイッチは小さな紙箱に入っている。紙箱にはめちゃくちゃ質の悪い印刷がなされている。どこの製品だろうと箱を見ると、インド製と判明。そういえばインドでは今もベスパをつくっているんだっけ。だが箱には打たれているべき製品番号も製造年月日もない。インドがそういう国なのか、それともこれはインド製品のコピーなのか、まあどっちでもたいした違いはないと思うが。
スイッチを交換し、フックは車体にドリルで穴を開けてタッピングビス止め。かなり重いものも引っかけるが大丈夫だろうか。もっとも他の方法があるとは思えないので、とにかく使ってみることにする。
ブレーキはワイヤーを引っ張って調整し、ガソリンタンクキャップのパッキンを代える。1時間半ほどで完了。金を払おうとしたらいらないと言う。どうやら6万ドンにすべて含まれていたようだ。
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●2002年09月10日(火)
9月10日(火)くもり午後あめ後くもり
日曜日の午後に降り始めた雨は、月曜の午後になって断続的に大雨になった。
日曜日はバレーボールの表彰式があるので、小雨の中を出かけた。雨が降っているし、観客は少ないだろうと思いつつスタジアムの周りを回って入り口へ向かう。ところが周りの歩道にびっしりとバイクが止められている。これは大変だ。スタジアムの中に止められないとかなり不便だし、帰りに雨が降っていたらバイクにたどり着く前に濡れてしまう。
スタジアムの中のパーキングは危惧していたとおり満杯だ。しかし関係者パスを見せて英語で丁寧に頼んだら入れてくれた。なんとか一番すみに止める。スタジアムの中は超満員で立ち見客がいっぱいいる。VIP-A席は全てのシートに名前が貼ってあって、やたらなところには座れなくなっているので、VIP-Bへ行くが、席がない。しかたなく通路に座る。
決勝戦が8時からで、その後が表彰式なので、7時半頃行ったのだが、準決勝の台湾VS韓国戦がフルセットにもつれ込んで、結局終わったのが8時半。決勝開始は1時間遅れた。しかし決勝は中国とタイ。中国があっさり3セットを取って終了。タイは中国と比べると全然弱いが、それでも予選で日本に勝ち、決勝リーグでは韓国に勝っている。けっこう強いのである。
決勝戦の途中から観客が帰り始め、やっとVIP-Aへ移ることができた。そのまま表彰式を見てお開き。
月曜日、ゆっくり出かけようと思っていたら、雨が激しく降ってきた。様子をみつつ家で仕事をする。特にアポもないので、出かけるのをやめようとしたら、緊急の仕事だという電話がかかってきた。小雨になったら行くと返事をする。
3時過ぎ、雨が弱くなったので、家を出る。家の前の小道は川状態だ。それを渡りきって大通りへ出たら、なんと大通りも川状態。真ん中の狭い陸地を車とバイクが通るのでかなり危険だ。そこを抜けても先にはまだ冠水で有名な箇所がたくさんあるので、あきらめて家に戻る。
雨や他車の跳ね上げる水をコンピューターがかぶったり、水たまりでころんで冠水したりしてはたまらない。それでなくても水たまりは渋滞しやすく、止まってしまえばいやでも足を付くので、靴はびしょぬれだ。そんなリスクを犯してまでするような急ぎ仕事はない。と自己判断して家から電話。
編集部周辺もすごい雨が降り続いているようで、あっさり明日回しとなった。大雨で道路冠水は年に何度かあるが、普通は市内の一部に局地的に大雨が降るパターンだ。今回のように大雨が長時間、広範囲に降るのはかなり珍しい。 |
●2002年09月09日(月)
9月9日(月)くもり後あめ
土曜日にジャアク宴会パート2が、川口探検隊長自慢の川沿いの邸宅で開かれた。夕刻6時に待ち合わせ、5階建ての家へ。4階の半分外になっているバーでサイゴン川を眺めながらビールを空ける。
その後近所の川縁の焼肉屋へ移動して食事。肉を焼きながらビールと焼酎を飲む。焼肉屋にはテニスコートがある。ここでテニスをして、ビールを飲んでメシを食う。なんて計算された場所なのだろうか。週1回くらいのテニスをしたいものだ。
その後邸宅のバーに戻り、持参したジョニ赤を開けて飲む。またまた3酒混合になって、状況は限りなく危ないが、今回は記憶はバッチリだ。総帥が大昔のコメディアンの話を始め、盛り上がる。
「オレが夕焼けだった頃、弟は小焼けで、母ちゃんはしもやけ、おやじは酒やけ、妹は胸焼けだった。分かるかな、分かんねえだろうなあ」
は誰だっけ? パパイヤ鈴木みたいな髪型のヤツ。そういえばシモンマサトもそんな髪型だあ。それはショカク家チトセだ(漢字がわからん)。などと言いつつ、芸風をまねるが、不条理すぎてまねられない。
そこで思い出したのが「大正テレビ寄席」の牧伸二。あれれ、今思えば総帥と同名じゃあないか。とにかくそれならできるぜ、ってんで、ギターをかき鳴らしつつ即興を3つ4つ。妙に冴えて面白いのが口をつく。
たとえば、
「交通渋滞あたりまえ。自転車、シクロにバイクにトラック。みんな他人はお構いなしに交差点につっこむよ。あ〜あああん、やんなっちゃた。あ〜んがあが驚いた」
とか、
「値切りに値切った1時間。やっとの思いで買い物したよ。買い物上手を気取ってみても、計算したら20円。あ〜あああん、やんなっちゃた。あ〜んがあが驚いた」
まあこれは今作ったので、酔って即興で作ったのは忘れちゃったんだけど、一番受けたのは忘れてないのでご披露しよう。
「1番偉いはおかあちゃん。2番が鳥で犬、猫、メイド。居候がその次で、1番下が亭主だよ。あ〜あああん、やんなっちゃた。あ〜んがあが驚いた」
っと。これがどこの家かは、簡単に想像が付くと思う。本人にも受けたが、探検隊長と総帥は腹を抱えてソファの上でのたうっていた。
と言うわけで、今のベトナムを題材にするといくらでもできる。と言うことは、ウクレレを買わなくっちゃ。
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●2002年09月06日(金)
9月6日(金)はれ
1週間ほど前から右の奥歯が痛い。と言うか、その辺が時々痛む。とはいえ水がしみるわけでもなく、歯を磨いても痛まない。だから虫歯か、他の原因、例えば肩こりなどからくるものか判断できずにいたが、たまたま時間があったのと、そろそろ歯石除去に行かなければと思ったので、歯医者に行った。
行ったのはローカルの高級歯医者。きれいな待合室、冷房完備、個室の診療室がずらっと並び、最新設備。でも日本語はおろか英語も通じない。とりあえず歯をチェックしてもらう。外見からは虫歯ではないと思うが、詳しくはレントゲンを撮らないと分からないらしい。しかしレントゲンはすぐに撮れないから、また痛むようなら撮ろう、と言うことになり、本日はパス。歯石除去のみやってもらった。
歯を一本ずつきれいにし、その後は高圧空気で吹き飛ばす。最後に薬で磨いて終了。25万ドンだ。これが高いのかどうかちょっと調べてみた。例えば日本資本の某クリニックでは40ドルくらい。スタッフの行きつけローカル歯医者で20万ドン。ってことはそんなに高いわけじゃあなさそうである。その上駐車料金は無料。店の従業員が歩道でバイクを管理しているくせに、料金を取ったり、無料と書いてあっても出せば受け取るところが多いなかで、ここは偉い。
週初めベスパの調子がまたも悪くなった。信号待ちなどでアイドリングが続いた後、吹け上がりが悪く、エンジンが止まる。またしても電気系統のような気がする。
そこに別件で編集部を訪れたベトナム人ベスパ屋バオが登場。こいつにはこの前キックペダルが折れたとき、修理屋を紹介してもらっている。症状を言うと「音を聞けばわかる」と言って外へ行き、エンジンをかける。
音を聞いてすぐに「プラグの隙間を少し狭くすればいい」と診断。それから応急処置としてガソリンコックを閉じ、エンジンを吹かす。これでかなり調子がよくなった。ついでにヤツがいつも持っているという新しいプラグを売ってもらう。
ベスパは混合ガソリンをタンクにためて使う。焼き付かないように混合比は高回転時に合わせられている、というか適当に濃いめになっている。だから渋滞の中、低速で走るとオイルでプラグがかぶるのだ。それで火花の飛びが弱くなって吹けが悪くなる。
その理屈なら、ヤツがコックを閉めてエンジンを吹かしたわけが分かる。ガソリンとオイルを供給しないで使い切ればオイルかぶりがとれるし、プラグのギャップを狭めればオイルがかぶりにくくなる。
その後プラグを代えたら、アイドリングが高くなり、いまは絶好調である。
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●2002年09月05日(木)
9月5日(木)はれ
火曜日のバカ騒ぎの後、商社秋山、川口探検隊長までも記憶がないことが判明した。あの日、記憶喪失物質が料理に含まれていたか、酒の取り合わせが悪かったのかどちらかだろう。
よく考えたら、「膳」ですでにウイスキーを2本ほど開けている。最初に生ビールを飲み、次に6割くらい残っていた一升瓶を飲み、さらに真露を飲んだ。その上ボトル2本とすると、単純に5で割ってもかなり飲んでいる。それがまったく普通としか感じないまま更に「赤とんぼ」で飲んだ。なにを飲んだかさっぱり分からないが。ってことは、かなりの量をハイピッチで飲んでいるのだ。そりゃあ記憶もなくなるわなあ。
みなさんに朗報。伝説の韓国料理屋「故郷」が営業再開。オーナーは夜逃げしたわけではなかったらしい。未確認だが、どうやら大家と揉めて、ライセンス関係で閉店を余儀なくされ、なんとかがんばって1年ぶりくらいで再オープン。これでHCMでは韓国料理に迷わなくてすむ。
先月、SCJとmik adの提携がきまり、今日はその初日。大きな大理石の板を持っていきたかったので、朝、ピックアップしてもらった。平らな板の上で粘土を伸ばそうというわけだ。
工場件事務所件ショウルームに着いて、まずは新作デザインの打ち合わせ。その後いよいよ10年以上ぶりの陶芸だ。今日はコースターを作る予定。土はバッチャン(キメの細かい純白)、ソンベ(ちょっと荒いクリーム色)、名称忘れた(鉄分の多い褐色)の3種類。それに蹴ろくろと水鉢、石膏版を用意してもらう。
早速菊練りをする。が、うろ覚えでうまく練ることができないので、さっさとあきらめる。後日、バッチャンから来ているろくろの達人に教えてもらおう。次に、褐色の粘土を指でちぎり、手で、ゴルフボールを一回り小さくした感じの球を作る。それを大理石版とビール瓶で伸ばそうというわけだ。だが大理石も瓶も水を吸わないので、粘土がくっついてうまくいかない。
べたべたとくっつかなくなるくらいまで粘土を乾かして、再挑戦。大理石は最後に平らにするために使い、伸ばすのは傷だらけの石膏版を使う。これならなんとかなるが、ちょっと油断すると瓶にくっつくので、大変だ。
試行錯誤をして、午前中に5枚くらいのコースターを作った。しかしこれは所詮試作品。窯で焼いてみないと、反ってしまうか割れるか分からない。ソンベの土は更にくっつきやすい上に、乾かしてから伸ばすと割れるので、この作業には向かないようだ。今日はバッチャンまで試す悲観がなかったので、これは次回。
終了して昼飯を食べ、工場のスタッフに次回までに平らな石膏版と石膏の円柱を用意してくれるように頼んだ。その後市内に戻るという探検隊長に送ってもらって帰宅。土いじりはものすごく楽しい。
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●2002年09月04日(水)
9月4日(水)はれ
一日延期になったジャアク宴会が昨日の夜「膳」で開催された。総帥、クマプー、飛び入りの商社秋山、それに参加が危ぶまれていた川口探検隊長が遅れて参加。総勢5人でビール、日本酒、韓国焼酎を飲んで泥酔した。クマプー夫人妊娠2ヶ月のお祝いで、クマプーの奢りだ。太っ腹!
わいわいと飲みつつ、ジャアク商会の歴史を振り返っているうちに、誰かが「脱ぎたい」と言いだした。膳では脱げないので、赤とんぼの個室に移動して脱ぐことになり、全員で移動。真っ裸になって更に飲む。
このへんから記憶が怪しくなっている。いつもは相当飲んでも全て覚えているのだが、チャンポンが効いたのか、年のせいか、なにを食べてなにを飲んだのかさっぱり覚えがない。覚えているのは真っ裸でわいわいやったことと、帰りがけにトイレに行ったら奥の個室で吐いているヤツがいて、誰かと思えば総帥だったことくらいだ。誰が金を払ったのかもさっぱり分からない。今日になって確認したら、全員割り勘で払ったとのこと。
その後クーロンへ行く。前日総帥と探検隊長が行ったら休みで、そのまましらけて解散したというので、ならば攻め直そうと思ったのだ。ところが思っているのはオレだけで、後のみんなは「帰ろうよモード」だったらしく、一旦クーロンまで行ったもののオーダーもせずにいなくなった。
そんな奴らは放っておいて、一人でカウンタースツールに座る。ここではCCを2杯飲んで、隣にいた、顔は知っているが話したことのないヤツと話し込んだ。それは覚えているが、金を払ったかどうか覚えていない。揉めた記憶もないのでたぶん払ったのだろう。
何時に帰ったのか、どうやって帰ったのかもうろ覚えだ。ベスパに乗って家の近くのロータリーを廻っている姿が脳裏に浮かぶし、今日、車庫にベスパが止まっていたので、ベスパに乗って帰ったのは間違いない。
どうやって家に入ったのか、携帯の電源を切ったのか、歯を磨いたのかまったく不明。気づいたら多少の二日酔いと共にベットに寝ていて、8時を廻っていた。幸い今日のアポは11時だったので、そのまま更に1時間寝て、やっと復活したのである。
恐るべし、ジャアク宴会。
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●2002年09月02日(月)
9月2日(月)はれ
昨日は日曜日。今日は独立記念日でベトナムでは年2回の休日だ。
昨日の昼間はBSAのキャブ取り付けを行う。キャブは1時間半ほど苦戦して、無事取り付けたが、バッテリーがまた上がってしまっている。連休で近所のバイク屋が休みなので、また後日バッテリーを取り付けなければならない。
夕方は「アジア女子ジュニアバレーボール大会」の開会式。それに先立つ日本ム中国戦から観戦すべく、4時半に会場へ。試合は5時からで、日本チームは控えの選手が大声で応援する。あれは日本独自のスタイルなのだろうか。少なくとも中国、ベトナム、タイ、フィリピンなどはやっていなかった。最初は奇異に感じるが、試合が緊迫してくると盛り上がってなかなかいい。
第1セット、リードしていながら土壇場で逆転されて落とす。なんだかいやな雰囲気だ。第2セットも同様に3点ほどリードする展開。中国が後半、攻め込んできたが、なんとか勝利。第3セットも取り、楽勝かと思いきや、第4セットを落とし、ついに15点マッチの第5セットへ。後半で7番の選手のドライブサーブが冴え、中国戦に勝利。日本ジュニア、なかなかやる。
連休の月曜日、なにもすることがない。夕方、藤井総裁がベトナムに来るので、ジャアク商会ベトナム総会の予定だったが、総裁は本日ベトナム休日とは知らずに予定を立てていたようだ。休日のため集まりが悪いので、明日に延期となった。
高校の同窓会が先月末にあるので、住所の確認、というメールが来た。知り合いをたどってメールアドレスを探し当てたようだ。そんなことをしなくても名前で検索してくれればジャアク商会にたどり着くのだが。
同窓会の後で名簿が送られてきた。その名簿を見ながらコンピューターのアドレス帳に一人ずつメールアドレスを打ち込んでいく。半数弱の人しかメールアドレスが書かれていない。メーラーのアドレス帳はメールアドレスしか入れていないのですぐに終わるが、パームのアドレス帳は住所や電話番号も書き込まなければならず、時間がかかった。それでもみんなの連絡先がパームとそれを同期したiBookに記載されたので、これからは気軽に連絡できるというものである。
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