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三日堂ベトナム情報局

執筆担当
ジャアク商会ベトナム支局長
石原文春


2002年11月のバックナンバー
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●2002年11月29日(金)
11月29日(金)くもり後こさめ

 ゆっくり起きて、韓国街へ行く。前から気になっている韓国文字ばかりの店の正体を探ろうと思い立ったのだ。本当のことを言うと、韓国文字ばかりではなく、ベトナム語で一言「On San」と書かれている。なんだか温泉って読めませんか?
 店の前にバイクを止める。カウンターのような配置の机のむこうにいるオババは最初からコミュニケーションをとるつもりがないようで、英語とベトナム語で話しかけても隅にいるオヤジを指さすばかりだ。もしかすると韓国語しかできない韓国人で、オレを一目見るなり韓国人でないことを喝破したのかもしれない。
 オババの指示に従って隅のオヤジと英語で話す。だが話す前にここはなんなのか見当が付いてしまったのだ。狭い店内には大小のポリ容器やペットボトルが所狭しと並べられている。そのペットボトルに「On San」の文字が。ここはオンサンブランドのミネラルウォーター屋だったのだ。
 「これは韓国の水?」
 「いや、ベトナムのだが、韓国の技術で作っている」
 などと当たり障りのない会話を終えて外に出た。温泉の夢は消えた。
 次は以前行った怪しげなマッサージ屋に併設している韓国垢すり。前は9時の開店と同時に行ったので、垢すりはできたが、2つある湯船状のプールには水が入っていなかった。あれにお湯が入っていれば、温泉とは行かないまでも銭湯気分は味わえるのだが、ひょっとするとサウナ用の冷水かもしれない。それを確かめに行く。
 隣の駐輪場にバイクを止め、受付で身体を擦るジェスチャー。5万ドン払ってロッカールームで、バスタオル一枚になり、風呂場へ。2つある湯船のひとつには見事にお湯が張られ、「sauna, harval hot water」と書かれている。もうひとつは「cold water」だ。これはサウナじゃない、と思いつつ熱い方に浸かる。風呂にしてはちょっとぬるめだが、なかなかいい湯である。
 奥にはスチームサウナもあり、隅に垢すり用の寝台がある。朝っぱらから韓国人らしきオヤジがカランで身体を洗っている。まさに日本の銭湯を小型にした感じだ。
 ゆっくりと湯に浸かって、垢すりをしてもらう。短パン姿の兄ちゃんがゴシゴシやってくれ、その後石けんで身体を洗ってくれる。更に軽くマッサージ。なかなかいいサービスだと思っていたら、兄ちゃんの手は下腹部にのびる。それはやめてくれ。マッサージとそれが一緒になっているのは、姉ちゃんでもいやなのに、相手がごつい兄ちゃんではたまらない。
 「そこは姉ちゃんオンリーだ」
 と言ってお引き取り願う。韓国ではこれって当たり前なんだろうか?
 もう一度湯船に浸かって店を出たら12時。町へ出てワンタン麺屋で昼食。このワンタン麺屋は古めかしい屋台を屋根付きのスペースにつっこんで麺を茹でている。昔は外で営業していたのだろうが、警察の目が厳しくなって、中に引っ込んだのだろう。大盛りワンタン麺1万2千ドンを食べて、編集部へ出勤した。

●2002年11月28日(木)
11月28日(木)はれ一時あめ

 朝、キー周りの新しくなったBMWで、かわぐち探検隊長の工場へ。スピードメーターがしっかり動くようになったので、巡航スピードが分かる。町中はせいぜい40kmと言うところ。郊外の広い道でスロットルを捻ると、50、60とスピードは上がる。だが60になると振動が激しく、今にもバラバラになりそうでとても走り続けられない。やはり40km位でのんびり走るのがいいようだ。
 工場には花がたくさん植えられていて、そこにアゲハが翔んできたので写真を撮った。マクロや望遠が付いているわけではないので、大きくは撮れないが、トリミングをすればそこそこ見られる。
 かわぐち探検隊長は広い緑の芝生が広がる場所に探検に行っているようで、本日は留守。工場長の楢府くんと昼飯を食いながら、世間話。12時過ぎに家へ戻る。
 午後は編集部で仕事。帰ろうかと思ったら、雨が降ってきた。けっこう激しく降っているので、しばらく待つ。止んだ頃合いを見計らって家に帰るが、小振りながらも大粒の雨が降っていて、途中で合羽を着た。家についてしばらくしたら、また本降りになった。最近涼しくなってきたので、いよいよ雨期あけかと思ったが、まだしばらくかかりそうだ。

●2002年11月27日(水)
11月27日(水)はれ

 朝、2台のデジカメを撮り比べてみる。
 カシオは1mからしかピントが合わないので、今までの要領で取るとピンぼけになる。アップのモノは撮れないようだ。これはしょうがない。慣れるしかないね。
 色は写真を比べれば分かるように、カシオは派手に発色するのできれいだが、ちょっと黄色が強すぎる。反対にニコンは青が強いが、実物に近いのはこっちか。でも商品写真を撮る分けじゃあないので、どっちでもいい、というレベルではある。
 カシオの問題点はスイッチ。上下左右に動いて、プッシュもできるジョグダイヤルみたいなのが付いているのだが、これの操作が難しい。押してるつもりなのに右に行ったり、反対に右に倒したつもりなのに押していたり。とても指先では操作できず、爪の先で操作する状況だ。
 128MBのSDカードを入れたので、メモリーに余裕がある。写真に30MBも残しておけば、SXGAの標準で60枚以上撮れるので、100MBちかくMP3で使ってもいいのだ。ということは25曲程度の音楽を携帯できる。SDカードの値段が下がったら、音楽専用のカードを何枚か買って、ヘビメタ用、ブルース用などジャンル別に持ち運ぶのもいいかもしれない。 
 
 午前中にレジデントパーミッション申請のために無犯罪証明をもらいに領事館に行く。詳しくはこの前クマプーが書いていたとおり。担当のお姉ちゃんが手を取って指をスタンプ台で転がし、もう一度紙の上に転がす。決して自分の意志でやるのではなく、本人は力を抜いてされるがまま。ところがお姉ちゃんが失敗し、用紙を一枚無駄にしてしまった。
 再度挑戦か、と思ったら、ちょっと待ってくれ、と言われた。10分ほど待つと別の係官が現れて、再挑戦。どうやら彼は警察関係者らしく、指の置き方や力の入れ方に慣れが感じられる。驚いたことに両手の指の指紋以外に、5本の指全体のスタンプも取られた。
 冗談で、
 「これで、火事に巻き込まれても身元の判断はすぐできますね」
 と言ったら、そんなことは無いという。本当かどうか知らないが、指紋照合後、問題がなければこの紙は破棄されるそうだ。そこまで日本の政府を信じられるかどうか分からないが、いずれにせよヤバイことに手を出すときは手袋を着用した方が身のためだろう。
 無犯罪照明は指紋その他書類を外務省経由で警察に送り、反対のルートで送り返してくるので、2〜3ヶ月かかるそうだ。それまでジット待つしかない。

●2002年11月26日(火)
11月26日(火)はれ

 iBookのATMフォントがギザギザに表示・印刷される。しばらく前からそうなってしまったので、システムを入れ替えたり、ATMを入れ替えたり、フォントを入れ替えたり、その他思いつくことは全部やったのだが、どうしても復旧しない。
 こうなったら、初期化してシステムをインストールするか。でもその前にBBSで訊いてみようと、あるマックトラブルページで質問をした。ついでにMSワードの調子が悪い件も別のスレッドを立てて質問する。こっちは同時期にG4にも同じ症状が出ているので、未知のウイルスの可能性もある。
 一晩で的確な答えをもらったが、9時半から打ち合わせなので、ゆっくり試している暇がない。打ち合わせを終え、編集部で仕事。
 昼飯はサイゴン教会近くのデリでサンドイッチ。ここのカプチーノは1万7千ドンと、町中にしては安い。味もそれなりだが、そんなにひどくはない。サンドイッチはパリッとしたパンにけっこういいチーズやハムが挟んである。3万3千ドンだが、これはうまいと思う。
 午後はずっと編集部で仕事。7時半頃家に帰り、早速コンピューターの修復を試してみようとしたら、客が来た。
 客はダラットの家の持ち主で、サイゴンに出てきたので、支払いなど細部の確認をしたいという。それじゃあ断るわけにも行かず、小一時間話をする。1月15日までに25%を払って立ち退いてもらい、それから2週間で簡単に手を入れて、テトにはダラットで過ごせるようにする、ということで基本合意。客が帰った後で、すぐにコンピューターに向かう。
 そこで思い出したが、今日は火曜日。千葉県人会の日だ。今頃思い出しても遅い。すでに9時で会はそろそろお開きになる頃だ。しまった。会員にお詫びのメールを書き、アドバイスを受けたコモンフォルダーをシステムに入れたら、フォントの問題はあっさり解決。ワードもアドバイス通りに進めたらすぐに解決した。
 いままでさんざん時間をかけてああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返したのがまったく無駄に感じるが、そのすべての経過を書いて質問したからこそ的確な答えを得られたのだ、と自分を納得させる。
 それにしても解決してよかった。

●2002年11月25日(月)
11月25日(月)はれ

 先週、BMWじいさんにキーとメーターの取り付けを頼んだ。それを日曜日に取りに行った。しっかりとオリジナルキーで作動するようになっていたし、メーターもきちんと動く。小さなコトにお金をかけたが、骨董品にはこういう細部が大切なのである。
 そのままじいさんを家に連れてきて、BSAを見てもらう。じいさんが持ってきた充電器をバッテリーに繋ぐと、すぐにエンジンがかかった。がバッテリーが死んでいて充電できないので、電線を外すとエンジンはかからない。その上エンジン周りからオイルが噴き出す。ドレインのようなネジがなくなっていて、そこからオイルが出るのだ。
 じいさんは一度帰り、午後に新品のバッテリーを買って、やって来た。それを繋いでエンジンをかけじいさんの作業場へ乗っていくのだ。ドレインのような穴に降るタオルを当てて押さえ、じいさんは帰っていった。
 バッテリー点火をやめて、バッテリーがなくてもエンジンがかかるようにジェネレーターとその他部品の交換をするという。ついでに、マフラーから出る黒煙をなんとかしてくれるように頼んだ。これはキャブレターの調整をして、適正な混合気を作るようにすればいいのだと思う。
 
 クマプーが日本から戻り、頼んでおいたデジカメを買ってきてくれた。写真を見てもらえれば分かるが、かなり小さい。これでもしっかり写真が撮れ、MP3で音楽も聴ける。BMWのキー周りを、今までのニコンと新しいカシオで取り比べてみた。ホワイトバランスの調整がニコンの方が自然である。
 その他使い勝手はもう少しいじってからまた報告しよう。取り比べももっといろいろやってみるとおもしろそうだ。

●2002年11月22日(金)

11月22日(金)はれ
 スケッチの入稿が終わり、一段落したので、朝はゆっくりと出かける。ベスパの吹け上がりが心持ち悪いような気がしていたら、いきなり後輪がパンクした。吹け上がりとパンクは関係ないが、もしかすると空気が徐々に抜けていたので、走りが重く感じたのかもしれない。一番近い路上の修理屋へ行く。
 修理屋のオヤジはタイヤレバーでタイヤを外そうとする。ベスパの場合はナットをゆるめて挟み込み式になっているホイールをばらさないとタイヤは外れない。このオヤジは分かっていないようだが、大丈夫だろうか。身振りでオヤジにナットを外すように指示したら、ホイールどころかタイヤごと外してしまった。それでも修理はできるので、黙ってみている。
 チューブを取り出して水に漬けると、以前修理したパッチの脇から盛大に泡が出ている。古いパッチを外すと、チューブは3cm程に渡って裂けている。日本だったら
「お客さん、こりゃだめだね。新しいチューブを買ってください」
 と言われるのだが、ベトナムでは直してしまう。もちろん応急処置だと思わなければならないが、それでも2〜3ヶ月は保つだろう。新しいチューブを買ってもいいのだが、そうなるとオヤジはどこかに買いに行き、その間炎天下で待たなければならない。
 オヤジは裂け目の周囲のぎざぎざをハサミで切り取って穴を作り、中に大きめのゴムシートを入れた。シートを内側から当てるようにしてノリをたっぷりと塗る。それからゴムパッチを切り取って指で伸ばして穴の大きさに整え、穴にかぶせる。その上からコールドパッチを当て修理完了。しめて1万ドンだ。半日たったが今のところ空気は漏っていない。
 そんなことで時間を取られ、街に着いたら12時を回っていた。修理の間野外にいて汗をかいたので、そのまま涼しいところでメシを食おうとルナカフェに行く。ルナのカウンターで雑誌を読みながらスパゲティ・アリオオリオエペペロンチーノのRサイズを食べる。ここのスパゲティはR、L、LLの3サイズから選べるので、その日の腹加減に会わせることができる。もっともオレはたいていRなのだが。
 セットで付いてくるコーヒーを飲み終えて編集部へ行き、仕事。夕方5時半に外を見たら今にも雨が降りそうなので、混んでいるのもかまわずに帰ることにした。

●2002年11月21日(木)

11月21日(木)はれ後あめ
 9時過ぎに川口探検隊長の工場に行くと、隊長と楢府工場長、日本からやって来たカリスマ氏の3人で春の商品選びの真っ最中。来客ラッシュの合間にやっと本来の仕事をしているようで、夜遊びもできない忙しさらしい。
 そんな彼らを横目で見つつ、ハンドメイドの少量生産にいそしむ。今日は粘土が柔らかくて、うまく伸びてくれずに苦労する。堅すぎてもだめ、柔らかすぎてもだめ。難しいモノだ。
 4人で昼飯を食べていたら、雨が降ってきた。かなり強く降ったが30分ほどで止む。雨が止んだので家に帰ろうとDTを始動。今、BMWはじいさんの所だし、BSAはバッテリーがないままなので、久しぶりにDTに乗っているのだ。帰り道で雨に降られる。
 家に帰って、今にも雨が降りそうな曇り空の中、ベスパで街に向かう。途中でBMWじいさんの店による。我がBMWは、じいさんの店の中に布をかけられて置かれていた。じいさんは布をめくって、身振りで
 「純正のキーがうまく付けられない。ライトボックスの形状が純正品と少し違うので、純正のキーでは短すぎる。だから特性のキーを使うか、ライトボックスを交換しなけれならないよ」
 特性のキーがダサイのと、接点の調子が悪いのが原因で、高い純正アッセンブリーを買ったのに、そのキーが使えないんじゃあなんにもならない。今度又バンコクでライトボックスを買わなければ、と思ったら、
 「ライトボックスは中古を手に入れた。これを使うか?」
 じいさんは手回しよくどこからかライトボックスを買ってきてくれていたのだ。それに交換することにしたのは言うまでもない。
 それから野暮用を済ませて、編集部へ。バカなことに眼鏡を家に忘れてきた。眼鏡がなくても日常生活には困らないが、コンピューターに向かっての作業はチト厳しい。それでもなんとか仕事をしたら、いつもより肩が凝った。
 仕事中からまたも大雨が降り始めた。2時間くらいで上がったが、街のあちこちで道路が冠水している。雨期開け前の土砂降りなので、もうすぐ雨期が明けるに違いない。

●2002年11月20日(水)

11月20日(水)はれ一時あめ
 昨日の晩飯は韓国料理「故郷」。一年くらい前に突然閉店し、ファンをがっかりさせた店だが、何ヶ月か前突然復帰した。
 復帰後はメニューが減った。特に好きだった「韓国風麻婆豆腐」や「餃子入りキムチ鍋」がメニューから消えたのは痛い。それでも定番の「チジミ」や「豚キムチ炒め」は健在だ。
 中村オヤジ、スケッチ編集長と3人でメシを食いつつ打ち合わせとも言えないような打ち合わせをする。たまにこういう意味のない会合が必要なのだ。うだうだといろんなコトを言い合っている内に、アイデアが生まれたり、方針が決まった利することもあるし、なにも生まれなくても美味しいモノで腹一杯になるのは幸せなことだ。
 食事の後、ちょっと飲みたくて、さてどこへ? クーロン亡き後、迷わずに行ける店がない。そこで評判はいいけどまだ行ったことのないMAYAへ行ってみた。
 MAYAはバーの奥にレストランスペースがあるので、空間が広め。内装や雰囲気は暗めで落ち着けるが、空間の作り方がオープンだ。どの席からも店内が見渡せるので、誰がどこにいるのか一目瞭然だ。
 従業員がバー横で椅子に座っている。ベトナムの店はスペースを広く取るためだろうけど、従業員の休憩スペースがないところが多い。だから暇だと店内でくつろいじゃうのだ。音楽は当たり障りがないモノが流れている。ラテン系レストラン・バーなのに、ラテンがかかっているわけでもない。こういう所に来ちゃうと、バンコクの生バンド飲み屋を思い出す。
 酒の種類が多いことが売りのひとつなので、メニューを見たらラフロイグがあった。髭の黒幕御用達のスコッチで、要はまあ、オールドパーに沃度チンキを混ぜたような味なんだけど、妙にやみつきになる。こいつは今のところ市内で2軒しか置いてある店を知らない。シングルいっぱい6万5千ドン。頼んだらメニューを下げられてしまったので、後、どんな酒があるのかは未確認。

●2002年11月19日(火)

11月19日(火)はれ
 iBookでフォントがギザギザに表示されるようになってしまった。ATMを入れ替え、システムを入れ替えても直らない。いろいろ調べてみたら、どうもアウトラインフォントがなくなっているようだ。
 何かの拍子に間違って捨ててしまったのかもしれない。フォントをもう一度インストールすればいいのかもしれない。編集部に保管してあるフォントをインストールしようと思ったら、CD-ROMがない。そう言えば誰かが持って帰ったような気がする。返してもらわないと、いつまでもギザギザのままだ。
 いっそOSXにしてしまおうか、と思って少しいじってみる。だがウインドウズのネットワークに繋がらない。編集部はウインドウズのネットワークで仕事をしているので、これはまずいのだ。もう一つの問題はフォント。OS9で使っているフォントが使えないと仕事にならないのだが、クラシックからATMを立ち上げてもフォントがアクティべートできない。
 OSX用のATMがあるのだろうか。調べてみる必要がありそうだ。
 
 スケッチ入稿は、作業がほとんど終わり、最終チェックの段階だ。だから忙しくはないが、何かあったらすぐに対応しなければならないので、編集部にいる必要がある。いればいいので、他の仕事を進めたり、この日記を書いたりして過ごす。
 夜はスケッチミーティングがあるので、出かける予定だ。
 
 バンコクのマダムいくみが仕事でサイゴンに来ている。朝から晩までは忙しいらしく、夜しか時間が取れないようなので、まだ会っていない。彼女のペースで遊びに行くと、10時頃から始まって、朝の4時まで飲むことになる。
 バンコクでなら、つきあえないこともないが、サイゴンでは早寝早起きの生活パターンなので、とても一緒に遊びに行けそうもない。なんとか一晩くらい7時頃から時間を空けてくれればいいのだが。

●2002年11月18日(月)

11月18日(月)はれ一時あめ
 昨日は午前中に買い物に出た。まず買ったのはパンツ。ボクサーショーツってヤツだね。こういうちょっとしたモノがベトナムにはなかなか売っていない。ちなみにバンコクで見つけたのはカルバンクラインの1枚1,000円くらいのヤツ。もちろん買わなかった。
 最近でこそ、ベトナムのデパートなどに売ってはいるのだが、伸縮性の素材で、イマイチ気に入らない。一軒だけ売っているグエンディエンチュウ通りの路上店を知っているが、1枚5万ドンなので買ったことはなかった。
 その店に行ってよく見ると、コットン100%で生地もいい。店主はアメリカ製だというが、パッケージにはしっかりとカンボジア製と書かれている。アメリカ向けってところだろう。3枚買って、13万ドン。
 それからビデオをVCDか DVDにしてくれるという店に行く。バンコクで借りてきたブルースハープの教則ビデオをデジタル保存しようというわけだ。VCDなら4万ドン、DVDは16万ドン。でも画質が全然違うというので、DVDにすることにした。3日ほどでできあがるという。この店、ちょっと高いけど、利用価値はありそうだと思う。
 それからサイゴンセンターのスーパーマーケットを目指した。途中で楽器屋があったので、ブルースハープがあるかどうか、だめ元で聞いてみる。なんと、5本だけ売られているではないか。A、D、B♭、F、Gが一本ずつある。この前バンコクで買ったホーナーとまったく同じモノだ。
 Aは持っているので、後の4本を買うことにした。ところが1本20万ドンというではないか。バンコクで380バーツだったので、かなり高い。値切っても18万ドンにしかならないので、あきらめて他の店を回る。
 こういうときベトナムは同様の店が近くに固まっているから便利だ。ほんの少しの間隔で5〜6軒楽器屋があるので、全部回るが、どこにも売っていない。仕方なく最初の店に戻って仕切り直し。結局17万ドンで決着した。バンコクの150%だが、他では手に入りそうもないからなあ。
 

●2002年11月16日(土)

11月16日(土)はれ一時あめ
 土曜日だというのに締め切り間近で忙しいので、いつもより早く編集部へ行く。ところが作業に入る前の諸々が終わっていないので、ほとんど進まないまま昼になる。
 食事をしていたら大雨が降ってきた。とても帰れそうもないので、ゆっくりとくつろぐ。忙しいので、さっさと帰って仕事をすべきなのは分かっているが、じたばたしても始まらない。30分くらいで雨が止み、編集部へ戻る。 
 編集部は断水とかで、クーラーが止まっている。水でどこかを冷やしてるらしく、クーラーを付けると熱を持って何かが焼き切れる、という説がまことしやかに流れているので、クーラーは切られたままだ。暑い。暑いが避難できるほど暇ではないのでジット我慢しつつ仕事をする。
 大きな氷を買ってきて部屋の真ん中に置きたいくらいだ。しかし溶けた水はどうすればいいのだろう。第一どこに行けば大きな氷を売っているんだ。仕方なく専属セオムにアイスクリームを買いに行かせて、みんなでしばし休憩。
 夕方涼しくなった頃にやっとクーラーが復活。土曜日の夕方5時になるとさすがにオフィスには人が少ない。日頃の9時頃の感じだ。暑い中せっせと作業にいそしんだので、予定はクリアーした。後は何枚かプリントアウトしてチェックするだけなのだが、プリンターのメモリーがショボイためかなかなかプリントアウトしてくれない。5M位のデータはさっさとプリントして欲しいものだ。

 カシオのカードデジカメを買おうと画策していると書いたら、総帥からメールが来て、あれは今200万画素になったという。そうなんだよね、この前200万画素のが発売されたのだ。それは知っているんだが、値段が一気に高くなるので130万画素の方を買おうと思ったのだ。
 この前も書いたけど、今時200〜300万画素ってのはかなり中途半端な気がする。オフセット印刷のためには350dpiくらい必要なのだが、300万画素ではたしかA5位にしかならなかったと思う。画質は画素数だけの問題じゃあなくて、CCDの大きさや性能に大きく依存するから、印刷に使おうと思ったら、フルサイズCCDで500万画素くらいのが必要だろう。
 もちろんそれ以下のものでも印刷はできるんだけど、それを言い出したら家庭用のビデオでも映画は撮れるということになっちゃうのだ。
 というわけで、メールに添付したり、WEBにアップロードしたりという今現在のデジカメの使い方を考えると100万画素あれば十分なのだ。200万画素を買ったつもりで、余ったお金をメモリーカードやアッセンブリーに使った方がいい、と言うのが今回の結論である。

●2002年11月15日(金)

11月15日(金)はれ
 スケッチ入稿が間近になり、その上スケッチで受注したガイドブックの作業も佳境を向かえて、かなり忙しい毎日だ。忙しいときはじたばたしてもしょうがないので、いつも以上にペースを守って生活する。そうしないと長丁場の忙しさは乗り切れない。
 そんな毎日だが、iBookの調子がイマイチなので、それが心配だ。このまえマックメディックでチェックした後、ディスクウォーリアというソフトで、ディレクトリを調整。動作はかなり快適になったが、ゲームが立ち上がらなかったり、ネットワークが変だったりするので、今度はPRAMをクリアーした。
 それでも今まで問題なかったようなところでフリーズしたり、おかしなアラートが出たりする。PRAMは前のものを保存してあるので、いよいよおかしければ元に戻せばいい。いっそOSXをメインにしてしまおうか、とも思う。
 
 昨日は木曜日、土いじりの日だったので、BMWでSCJの工場へ行った。接客で忙しいのか日本人は誰もいない。工場長と身振りを交えながらベトナム語で話す。
 いくつか透明釉をかけてもらったものが焼き上がっている。やはり箸置きやナプキンホルダーなどは釉がかかっている方が良さそうだ。黄色い土が焼くと濃い茶色になっている。なかなかいい色なので、この土をもっと使ってみようと思う。
 キャンドルカバーや箸置きをいくつか作り、すべて釉薬をかけてもらうように指示をする。と言っても工場長が捕まらないので、粘土でMENと書いておいた。たぶん意味は伝わっていると思うが。

 クマプーがデジカメを買うならSDメモリーはどうするのか、という。どうするかと言われても困るのだ。と言うのも、カシオのHP、見栄えは格好いいのだが、使えないページで、どこを見ても同梱されている部品が書かれていない。いろいろ見ている内にどうやら画像をコンピューターに送るためのクレードルは付いていると分かったが、ケースやSDカードについてはまったく分からない。 
 SDカードの容量によって撮れる写真の枚数が違うのだろうが、1Mで何枚撮れるかはスペックを見ないと分からないし、動画やMP3の音楽ソースに至ってはまったく分からないので、どのくらいの容量のSDカードを買えばいいか計算ができないのだ。
 仕方がないので、値段を調べると、128Mまでは1Mあたりの値段が変わらず、それより大きくなると高くなることが分かった。だから買うならば128Mかな、と言うのがとりあえずの結論である。

●2002年11月14日(木)

11月14日(木)はれ
 ベスパのクラッチワイヤーが伸びたのは、切れかかっている可能性があると思っていたら、今日、すっぱりと切れた。切れたけど、クラッチを切らなくてもギアは入るし、発進もちょっと足で漕いで加速してから2速に入れればなんとかなるので、そのままいつもの修理屋へ。
 今日も担当はひげめがねで、この前ブレーキワイヤーを換えたのとまったく同じような手順で交換した。1万5千ドン。金額もこの前と同じだが、今日は単純にワイヤー交換だけ。この前はワイヤーを1本切ったし、外筒も交換した。その上クラッチの調整もしたのだ。だからなんだかちょっと高い気がする。というわけで本日はチップ無し。

 クマプーが1週間ばかり日本に帰り、その間にミノルタのデジカメを買いに行くというので、ついでに2つ買い物を頼むことにした。
 ひとつはパーム用の英和・和英辞典。いまはおまけに付いてきた小辞典しかないので、ちょっと難しい単語になると載っていないのだ。辞書はパームにある機能のうちでも便利なものなので、ぜひ充実させたい。
 次はデジカメ。常々デジカメは機動性だと思っているので、カシオの名刺大のデジカメを買うことにした。これならポケットに入れて持ち運べるし、MP3で音楽も聴ける。130万画素しかないが、記録とこの日記用の写真ならそれで十分だ。
 もっといい画像が必要なら銀塩フィルムで撮ればいい。銀塩ニコンに匹敵するクオリティをデジカメに求めると、一眼デジカメを買わなければならない。だがニコンはまだフルサイズCCDの一眼デジカメを発売していないので、それが出てからゆっくり考えようと思う。
 今使っているデジカメはサブとして置いておけばいい。いつ何時、総帥のデジカメのように調子が悪くなるとも限らないからね。

 と言うわけで、近々オレのモバイル機動力は更に小型軽量化されるのであった。

●2002年11月12日(火)

11月12日(火)はれ
 スケッチ編集部のメンバーがベスパを買ったので試乗させてもらった。同じ50ccだが、OH済み、塗装済みで調子がいい。エンジン音もオレのベスパより低いし、ギアの入り方が、かっちりしていて気持ちがいい。こんなに違うならOHしてみようかと思うほどだ。
 でも調子はいいし、比べなければなんの不満もないので、調子が悪くなるまではこのまま行くつもりだ。とはいえクラッチの切れが悪いのと、前輪ブレーキの戻りが又悪くなったので、ベスパ屋へ行く。月に一度くらいベスパ屋に通わなければならないようだ。逆に言えば、月に一度1時間ほどメンテしてもらえば後は調子がいいのだから、それでもいい気はする。
 ベスパ屋にはいつものオヤジがいなくて、ひげめがねのオヤジが対応してくれた。いつものオヤジはブレーキシューの位置を調整したが、ひげめがねはワイヤーを調整する。これでどうだ、ちょっと乗ってみろと言うので、走ったらすぐにブレーキワイヤーが切れた。交換である。
 ワイヤーを交換して、ブレーキを何度か強くかけ、前輪のサスペンションを押したり戻したりしていたら、またもワイヤーが切れた。再度ワイヤーの交換。2度も修理屋で切れるとはラッキーだ。路上だったらそこらの修理屋で割高料金を払って修理しなければならなかったのだ。
 クラッチは、切れが悪いので、クラッチ板を交換しなければならないかと思ったら、ワイヤー調整だけで済んだ。ワイヤーが伸びているのかもしれない。また伸びるようならワイヤーを点検しないと、切れかかっている可能性がある。
 しめて1万5千ドン。2万ドン札しかなかったので、釣りはチップとなった。

 今日帰ってきてiBookを立ち上げたらOSXで立ち上がる。起動ディスクがOS9になっているのを確認して再起動するが、またもOSXで立ち上がる。たまたまハードディスクをいくつかのパーテーションに分けて、その内のひとつにOSXが入っているからそこから立ち上がるが、そうでなければ起動不可の状態だ。今朝、インターネットに繋ごうとして2度フリーズしたときにどこかが壊れたのに違いない。
 CDロムから立ち上げて、DISK FIRST AIDをかける。なにやらエラーがあるようなので、修復したらOS9から立ち上がるようになった。すぐにマックメディックというソフトを立ち上げて、徹底的に修復する。これでしばらくは大丈夫だろう。
 OSX10.2をバンコクで入手したのだが、まだインストールしていない。OfficeもPhotoshopもOSX用を入手したので、すべてインストールしてOSXを使ってみるのもいいのではないかと思う。そうなるとPalm関係のソフトや、画像ビューワーなどをダウンロードしなければならない。今度の週末にでもやってみることにしようか。
 
●2002年11月11日(月)
11月11日(月)はれ一時あめ
 バンコクでブルースハープを買った。Aを買ったとたんに持っていたDの調子が悪くなった。ハードロックゴーゴーバーで吹きまくったら、Fの音が出なくなってしまったのだ。
 サイゴンに戻って洗ったり拭いたり、いろいろやったが復活しないので、分解してリードの掃除をしようとしたら、リードが折れてしまった。おシャカである。せっかく2本体制になったと思ったのに、また1本に逆戻りだ。
 ベトナムでブルースハープが買えればいいのだが。どこかに売っていればいいのだが、楽器屋には国産というか自作に近いギターや民俗音楽楽器が並んでいるばかりだ。一度そういうところに言って聞いたみようか。パンティエップの楽器屋にあったくらいだから、案外簡単に見つかるかもしれない。
 バンコクで友人からブルースハープの教則ビデオを借りたので、見る。ドン・ベイカーがビデオの中で実践しつつ解説してくれるので、わかりやすいが、実際に演奏するのは難しい。まず正確なベンドをマスターしなければならない。ベンドというのはひとつのリードから二つ以上の音を出すテクニックで、ちょっとギターのチョーキングに似ている。
 壊れてしまったDをくれたモジョーがベンドについて教えてくれたので、なんとなくは知っていたが、ビデオではそれがはっきりと説明されている。普通のベンドは半音下がるのだが、3番ホールは正音から半音、一音、一音半と3段階に下げることができる。これができると、音階が吹けるようになるのだ。今まで、なぜファやラの音がないのか不思議だったが、ベンドさせればファやラも吹ける(吸える)し半音も出せるのだ。
 と言うわけで練習中。1番や2番などの低音ホールではうまくいく。3番は音が下がるものの、3つを吹き分けられない。4番から上はなかなか難しく、特に7番以降の吹き音のベンドはかなり難しい。もっともモジョーも吹き音のベンドはできないと言っていたので、吸音をマスターすればとりあえずOKなのだろう。
 練習と同時に、モジョーがくれたブルースを聞く。更に友人から借りてきたリトル・ウォルターのCDも聞く。というわけで今も部屋にはブルースが流れている。

●2002年11月08日(金)

11月8日(金)はれ後あめ
 さてバンコク行脚の続きだ。

 マッサージの後で総帥に電話が通じた。パッポン近くのホテルで待ち合わせて中華料理屋へ。そこへ奥野も合流した。メシの後は「スーパースター」だが、疲れているのと、ロックンロールオヤジの選曲が我々向きではないのとで、ノリが悪い。12時頃、みんなと別れて帰宅。
 マダムいくみ宅では夫婦と又助、さらにもう一名でさいころゲームが進行中だが、とにかく眠いので、おつきあいせずに寝る。

4日:総帥と待ち合わせてBMW屋へ。ここはタイ語しか通じない上に、名刺の住所もタイ語表記なので、どうしても総帥の助けが必要なのだ。
 BMWのキーアッセンブリーとメーター、更に見ていて欲しくなったアクセルとクラッチレバーのホールドを注文する。オヤジは部品はあるがどこにあるか分からないし、値段も分からないので、夕方又来い、という。夕方は来られないが明日の朝ならOKなので、それまでにそろえておいてもらうことにした。値段は夕方総帥に電話で聞いてもらうことにして、店を出る。

 お茶を飲んで総帥と別れ、仕事に向かう。打ち合わせを終えて、タクシーでパンティッププラザへ行き、コンピューターソフトや音楽CDを見る。ビル全体がコンピューター関係のパンティップになぜか楽器屋があり、だめ元で「ブルースハープはあるか」と聞いたら、売っていた。CとAの2種類しかないが、それも又よし。Aを買う。これで手持ちはDとAの2本になった。

 歩いて伊勢丹へ行き、ぶらぶらしていたら、電話が鳴った。昔ベトナムで一緒に仕事をしたすーさんが、今バンコク駐在なので、着いてすぐに連絡をしておいたのだ。メシを食おう、なにがいい、イタリアン。と相談がまとまりFABBというレストランへ向かう。ここはジャズバンドの生演奏があるレストランで、料理も旨い。その分値段は思いっきり高いが、たまには贅沢もいいだろう。
 音楽好きのすーさんとブルースハープの話で盛り上がる。取り出して見せていたら、それを見たバンドのボーカルのフィリピン人のおばちゃんがステージに上がれと言う。Aの曲をやってもらって適当に伴奏するつもりだったのだが、何かソロをやれ、オーバーザレインボウはできるか、と言うことになって、買ったばかりのAでうろ覚えのオーバーザレインボウを吹く。
 なんとか吹き終わって、彼らの演奏が始まったので、すかさずDに持ち替えて吹く。これなら様になるのだ。

 冷や汗ものの飛び入りステージの後は「アドなんとか」という店に移動して、生バンドのロックを堪能。ここのバンドはカンサスからピンク・フロイド、クイーンまでこなす。しかも完璧にコピーしているのだ。クイーンだってステージじゃあ演奏できなかったんじゃあないか、というようなフレーズまでレコードを再現している。
 マダムいくみ宅に戻り、しばらく話をして就寝。


5日:朝、BMW屋へ、一人で行く。紙にタイ語で部品名と値段が書かれている。値段は数字なので判読可能だ。部品はひとつずつ実物と照らし合わせて、日本語を書き込む。どうしても買わなければならないキーアッセンブリーを買うと後ひとつしか買う予算がない。部品はすべて新品でドイツ製なので、とても高いのだ。しかたなく今回はスロットルとクラッチ(2つで220ドルくらい)をあきらめ、メーターを買うことにした。バンコクに来るたびに少しずつそろえればいいのだ。

 そのあとソイナナをぶらつく。昼前だというのに開いている店があり、しかも店内にはお姉ちゃんがたくさんいる。コーヒーも飲めるようなので入ってみたら、そばに来た姉ちゃんが「連れだし200、上で2,000」と言う。朝からそういう需要があるのだと感心して、そのまま店を出る。
 午後はゆっくりと垢すりマッサージに行き、マダム宅に戻って荷造り。タクシーで空港へ向かった。

●2002年11月07日(木)

11月7日(木)はれ
 火曜日までバンコクにいた。バンコクでは遅寝早起きで遊び回ったので、疲れが出て毎日眠い。ざっとなにをしていたかを振り返ってみよう。


1日:午後バンコク着。すぐに宿泊先のマダムいくみ邸へ。携帯電話用に、タイのシムカードを買う。これを持っていった携帯電話に装着すると、タイのナンバーで携帯電話が使えるので、便利である。もちろんローミングすればベトナムのナンバーのまま使えるのは知っているが、国際電話料金になるので、無駄なのだ。

 夕方、総帥と対馬支局長、カジキ頭ハンマー割野郎奥野と合流し、花屋へ。いきなり日本食もないのだが、奥野が花屋の3代目に買ってきた「痴女っ娘メグちゃん」の代金を取り立てるというので行った。ところが3代目は留守。座敷でビールを飲み、肴をつまんで帰る所に3代目が現れた。

 パッポンのゴーゴーバー「スーパースター」でマレーシア支局玉ちゃんと合流。ロックをリクエストしつつブルースハープを吹きまくる。その後「キッス」へ移る。「キッス」は女の子が入れ替わり、以前よりきれいな子が多くなった。


2日:11時頃に総帥と合流し、Jアジアカップを見に行く。これがとんでもなく遠く、BTSの終点からタクシーを飛ばしてやっと着く。着いたところはさる大学のサッカー場なのだが、これがものすごく立派なグラウンドで観客席も着いている。日本語のアナウンスが流れ、パン屋や飲み物屋が出店している。
 ベトナムチームを探して観客席や控え室を何度も往復するが、どこにいるのか分からない。試合結果が書かれたボードによると、ベトナムチームは2敗1分で9〜12位決定戦に回っている。
負け続けていやになり、帰ってしまったかと思いかけた頃、総帥がサブグラウンドで走り回る人影を発見。メイングラウンドを回り込んでサブグラウンドへ向かうと、そこには疲れ切ったベトナムチームの面々がいた。
 グラウンドで写真を撮り、パン屋で昼飯のパンを買い、結局4敗1分で最下位となったチームのバスに乗せてもらって、街へ戻る。表彰パーティへ向かうサッカー部と別れて、総帥と共にサウナへ行き、汗を流す。ついでに垢すりをしてもらった。ちょっと痛いくらいの勢いで、全身をこすられる。

 玉ちゃんと合流して中華風屋台式海鮮料理を食い、生バンドの店へ行く。「ブラウンシュガー」という店で、ブラスジャズを聴いてから、パッポンヘ。お疲れの総帥はどこかへ去り、玉ちゃんと二人で「ミズキッチン」へ。マダムいくみと旦那のジョエル、又助と合流し2時まで飲む。
 玉ちゃんと別れ、マダムいくみ邸へ、上階に住んでいるという又助と共に帰り、みんなで4時まで更に飲む。


3日:痛い痛い足マッサージへ行く。足をマッサージした後「全身が疲れているから全身マッサージをした方がいい」といわれ、マッサージ台の上で全身を揉まれる。これもかなり痛いが、かなり効いた。
その後「金玉マッサージ」に行こうと思ったが、行きたがっていた玉ちゃんに連絡が取れない。茶店でコーヒーを飲んで電話を待つがかかってこないので、一人で向かう。
 総帥お勧めの店に入り、「金マッサ」を頼んだらおばちゃんが現れた。総帥曰く、これにはテクが必要なので、おばちゃんの方がいいという。よし、思惑通りだ。
まずはタイマッサージ。おばちゃんはすごく上手い。それからおもむろに金に手を伸ばし、マッサージが始まった。気持ちがいいことはいいが、特別すごいわけでもない。そのうちにおばちゃんの手が竿の方にも伸びてくる。これもテクの内かと思っていたら、しっかりとこすられてしまった。おばちゃんにこすられて、その上チップまで要求されるとは、情けなくも腹立たしい「金玉マッサージ」初体験。2度と行くものか。
 

 

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