笹原亮が綴るベトナムの職人芸

100人百職

APEXベトナムスケッチ提供

 

職人No.002

屋台のパン屋

 

 家が近所だから、毎朝5時半から10時まで妹とここでパンを売っているよ。家から屋台を引っ張ってくるのさ。午後は小学校で教えてる。
 ファングーラオエリアには50年近く住んでいるけど、ここ10年でものすごく変わった。昔はすぐそばに駅があったけどただの田舎で、路地も舗装されてなかった。でも静かで暮らしやすかったねえ。それが今じゃあこんなになっちゃって、仕事にはいいけど、うるさいし、ものは高いし。

 若いころは看護婦になりたくて、実際に1年間病院に勤めたんだよ。だけどそのころは戦争中だろ、たくさん怪我人が運ばれてきて、中には一晩中苦しんで死んじゃう人もいてさあ、すっかり怖くなってねえ、結局やめちゃったんだ。
 それから師範学校に通って、教員になった。そのまま結婚もせずに、ずっと小学校で教えてるんだよ。

 今は父を含めて4人で暮らしている。でも仕事があるのはわたしだけだから、しっかり稼がなきゃあ。そう思って5年ほど前からこのあたりで商売を始めた。最初はフーティウを売ってたんだけど、外国人が増えてきたからパン屋にしたんだ。以前は結構売れたもんだが、ここんとこ同じ様な店が増えたから売上は落ちちゃったねえ。

 外国人もベトナム人も買いに来るよ。人気のメニューは豚肉サンド、それから卵、最近じゃあチーズもよく売れる。ひとつ3千?7千ドンで、常連の日本人学生なんかいつも2本買っていくよ。
 午前中で儲けは3万ドンくらいだね。でも小学校教師の給料は安いし、学校は低所得者エリアにあるから親からの付け届けも少ない。だからこの商売はやめられないんだ。

 来年で55才、教師は定年だ。でもパン屋はもう少し続けて、将来は母親の田舎ロンアンに引っ込んでまた子供たちに教えよう、なんて考えてるんだよ。田舎なら定年も関係ないからね。

【文・構成 : 笹原亮(ジャアク商会)】

 

 

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