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中途半端なタイの牛丼
日本では流行したものの、タイではまったくウケないものがある。文化や風俗の違いによるものだが、最近の代表は 「牛丼」 だろう。
牛丼は、日本人にとってもはや流行ではなく、重要な食文化の一翼を担う食物といってもいいが、タイ人にはまったくと言っていいほど受け入れられていない。日系の牛丼チェーンが進出しているが、店内はいつもがらがら。足を踏み込むのがためらわれるほど閑散としている。
そもそも牛肉を喜んで食べないタイ人に牛丼を紹介しようとしたのはだれなのか。日本人が牛を食べるようになったのは明治維新以降のことだし、一般的に食するようになったのも数十年前。それを思えば新食文化の紹介者になれたかもしれないが、世界有数の雑食国民で、宗教的タブーもほとんどない日本とタイを同視するのは難しい。また、どんぶり飯で食べるというスタイルもいけないのではないか。日本人風にどんぶりをかかえあげ、飯をかっ食らうのはタイの作法に大きく反する。中国人でも、ここまで大きな茶碗を持ち上げない。レンゲがついているが非常に食べにくく、スプーンではもっと食べにくい。
味も異様に濃くて日本人の舌にあわず、タイ人にしてみれば料理も食べ方もおしゃれじゃない。タイ人のみなさん、こんなものを日本料理と思わないでくれ。
(注:な〜んて書いていたら、案の定というか、タイの吉野家は、やっぱりつぶれてしまった。楽しい店じゃなかったけど、なくなってしまうと、やはり寂しい)
ガイドブックは広告か
『地球の歩き方』 という有名ガイドブックの一冊を手がけている女性から電話があり、「1ページ2000円のギャラなんだけど、どう思うか」 と言ってきた。原稿用紙1枚ではなく、完成誌面1ページで2000円である。100ページで20万円、200ページで40万円だから、これはかなり安い。
私もこのガイドブックの仕事を手伝ったことがあるが、やっぱり安く、そのときは約1ヶ月ほど取材して、写真を撮り、その後1ヶ月の時間をかけて200ページほど誌面を手直ししたが、30万円もらえなかった。あれだけ働いて月15万円以下の給料というのは、やっぱりどうにも情けないものだ。
しかし、ガイドブックというものは驚くほどの低予算で作られているものらしい。私の知人の編集者は、某有名出版社から旅のムックを作ってみないかと誘われたが、全制作経費が150万円と言われ、その場で断った。その金額では取材どころかスタッフへの給料も払えないからだ。
最近はそうした低予算の埋め合わせのために、取材先から現金を徴収して小遣いを稼いでいる輩もいるらしい。もっとひどくなると事前に申込書を送り付け、「紹介してほしいなら×万円振り込むように」と言ってきたりする。こうなるといったいどこまでが広告でどこまでが真実なのか、我々にはもはや判断ができない。
カメラ好きは理屈好き
カメラのマニアは多い。新型カメラが出ると必ずカタログをもらい、書かれたうたい文句にしみじみと見入る。小さな体に高性能のメカニズム、なんだか男らしい頑丈なデザイン、真実を切り取る描写性。カメラには人の心を引き付ける魅力がたしかにある。
私も写真をよく撮るほうだが、どちらかというと、写真は好きだがカメラはそれほどでもない。大きくて重く、私の体力を奪う敵のようにも感じている。しかし、世の中の写真好きの大半は写真よりもカメラそのものを愛しているようだ。そういう人は、やたらと撮り方に詳しい。
「このレンズにはこの絞りで、シャッタースピードはこのくらいで、こうするとこんなふうな写真が撮れる。あなたはどうやって? え? なにも考えてない?」
と技術論を延々と続ける。非常にアバウトな撮り方をし、またそれらのデータを全然記録しておかない私などは、いつも彼らの格好の餌食だ。
「そんなのでいい写真なんて撮れるんですか。ホラ、あなたの写真はここが変ですよ」
しかし、カメラマニアの人が撮る写真ほど退屈なものはない。彼らの批評を真に受けていると、あとで見返す気にもならない紙束だけが増える結果になるのだ。
ホテル住まい
私はホテルが好きだ。というか、仮住まいが好きだ。自分の家以外のところに転がっていると、なんだか落ち着く。そうして非日常の世界の中に身を置くのが好きなのだ。
その非日常的世界の代表がホテルだ。ホテルとは虚構の世界。まったくもってウソ臭いと思うし、このウソ臭さが楽しい気分にさせてくれる。あるホテルマンが私に言った。
「ホテルマンとは人々に夢を与える職業なんです。夢のある仕事なんですよ」
高級ホテルの入口に立っている男たちは妙な服装をしている。タイでは王室警備兵のような、日本ではもっとばかばかしい鼓笛隊のリーダーのような、冷静になったらとても着れない衣装で出迎えてくれる。こんな連中に出迎えられていい気になっている人は、マクドナルドの店内で愛想を振りまくドナルド・マクドナルド氏の悪口は言えない。
エグゼクティブルームだのスイートだのと言っても、所詮はウソ臭い空間じゃないか。簡単に言えば、映画のセットだ。客室料金を払うのは会社の経理部だから、現実感はますます乏しくなる。まったくどうも、舞台に立った素人俳優の気分だ。
こうした場所を楽しむためには演技力が必要になる。裸の王様を演じる場所は、ホテルの中が一番だ。
危険な国
タイは治安のよくない国らしい。新たに赴任してくる人がいると、先輩やその家族は必ずそう言って注意を喚起する。
数年前のことだが、タニヤのバーで出会ったある日系航空会社に勤める日本人はこう言った。
「田舎とかによく行くようだけど、銃とか持ってますか? 我々は、地方に行くときは銃を持っていくようにと会社から言われています」
彼が先輩風を吹かしていたのか、それともこんな臆病な会社が本当にあったのかはよくわからない。
しかし、凶悪犯罪なら日本だって負けていない。今や通り魔の多さなら日本のほうが完全に上。長髪女性を襲ってその叫び声を聞くのが楽しみだったという国税庁職員がいたり、下校途中の小学生の首に包丁を突き立てたり、幸せそうだからといって後ろから妊婦を刺したりする事件が続発だ。路上を歩けば誘拐拉致されるし、地下鉄の車内には毒ガスが噴霧される。タイ女性の性格を語る際に必ず出るのが浮気相手の性器を切り取る事件だが、日本人は性器どころか全身をバラバラに切り刻んでしまう。
基本的な残虐性はタイ人よりもずっと高い。冷静になってみると、日本もけっこう怖い国だ。
写真は魂を抜き取る装置?
最近の日本はカメラブーム。新宿や渋谷の駅前は首からカメラをぶら下げた男女がよく目立つ。そういうのはこれまでオノボリ観光客にかぎられていたのだが、いまやファッションの一部でおしゃれの証拠。腕時計や帽子のようなものなのだろう。うまいへたも関係なし。失敗作でも「アート」と言えば、なんとなくそれらしく見えるものだ。
そんなノリで海外旅行に行き、バシバシピカピカ写真を撮る。礼儀も遠慮も関係なく、他人の感情など最初からおかまいなし。この間も屋台で飯を食っていたら、弱々しい若い日本人の男がぬす〜っと現れ、カメラを構えていきなり私の写真を撮っていった。本当に「ぬす〜っ」と現れて、笑顔どころか被写体である私と視線を交わそうともしない。なんというか、他人の家の茶の間にいきなり押し入ってきた異常者のような感じだ。
「フォーカスかフライデーのカメラマンか?」
と一瞬ドキリとしたが、私は取材価値のある人間ではない。とすると悪評高いタイの探偵事務所? いやいや、私はうしろめたいことはしていない(はず)。
彼はただ現地人が現地風に屋台での食事を楽しんでいる光景をスナップしたかったのだろうが、写真を撮りたいなら最初にそう言え。いきなり撮られるのはずいぶん気分の悪いもんだぞ。そんなことも知らないのか、おまえらは!
正しいホテルの使い方
ホテルの使い方がよくわからない。いや、わかっているのだが、それが正しいのか正確なところがわからないのだ。
この間、私の知り合いの中年オヤジがやってきたのでホテルに行くと、入浴中だった彼がバスルームから出てきた。その頭には足拭き用のバスマットが乗せられている。彼は洗面所に敷かれているバスマットをずっとバスタオルと勘違いして使っていたらしいのだが、このとき私はフト思った。ホテルにかぎらず、自分では常識と思い込んでいたものが世間では非常識に値しているのではないか、ト。
これもホテルでの話だが、視察旅行でホテルに泊まったある社長さんが、ウエルカムフルーツとして用意された椰子の実を果物ナイフで真っ二つに割ろうとして悪戦苦闘。
「めちゃくちゃ水分が多いな、この果物は」
などと言いながら部屋を水浸しにして切り刻んでいたが、彼は椰子の実はそうやって食べるものだと思い込んでいた。
ルームサービスでワインを注文し、どんなワインがよろしいですかとたずねられてすかさず「ワインビネガー」と答えたバカな人もいる。
自分は間違っていないと信じ込んでいるので、素直に笑っていいものかどうかさえわからない。
肥満と言い訳の法則
肥満の度合と言い訳の上手さは正しく比例するのではないかとの仮説を立てている。
私の知人に体重九〇キロの肥満男がいる。身長が170センチくらいだから、かなりの贅肉を身にまとっていると言わざるをえない。
そんな彼の口癖は、
「昔は腹筋がでこぼこに割れていた」
それくらい美しい体をしていたと言うのだが、今では腹と尻の区別がつかないほどたるんでいるので、そんなことを言われても信じられない。
私はデブが嫌いなので、彼の顔を見るたびにイジメに近い皮肉を言って困らせる。負けず嫌いの彼は口答えするが、その言い訳がまたうまい。やれ女房がたくさん食わせるからだとか、スタイルを悪くして浮気できないようにするためだとか、はたまたじつは心臓が悪いので運動したくてもできないとか言い立てる。
つまり彼は、「デブになりたくてなったわけではないのだ」と言いたいらしい。しかし、私はデブには「なった」のではなく「なる」ものだと考えている。だれのせいでもなく、自己節制を怠った個人の怠慢が人をデブにさせるのだ。
俳優で元ミスター・オリンピアのアーノルド・シュワルツェネッガーは先天性の心臓病をかかえていたにもかかわらず、人並み以上のトレーニングを続けてあの肉体を得た。彼の肉体には言い訳など存在しないのだ。
ツバメの巣の罠
「これが宮廷料理か……」
「ツバメの巣ってこんな味だったのね……」
と、歓喜の声をあげながらツバメの巣のスープを味わっている日本人観光客は多いが、なぜかそこにはいつも落胆の響きが感じられるように思う。あこがれの高級料理が屋台で気楽に、しかも30バーツ、日本円にして100円前後で食べられるというのにである。
それはなぜか? 答えは簡単、タイのツバメの巣のスープは甘いのである。それもひどく甘く、ほとんど暖かい砂糖水といった感じの味わいなのだ。
皇室の宮中晩餐会には必ず供されるので、いったいどんなものか皆さん興味をもっているようだが、この甘さにははっきり言ってだれもが「裏切られた……」という思いをいだいてしまう。もっとはっきり書くと、「こんなものが高級料理?」といった印象かな。
こういうのが美味しんぼでいうところの“新鮮な驚き”なのだろうか。トウガラシを誤って口にしたときにすすると辛みが緩和されていいのだが、どちらかというとデザート色の濃い食べ物(飲み物?)になっている。
東南アジア地域以外の国で食べたことがないので本物がどんな味なのか知らないが、これって本当にこんな料理なの? |