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ゴミのポイ捨て禁止法
ゴミのポイ捨て禁止法がタイで施行されたときは、なんだかいやな気分だった。自由が売り物の国なのに、シンガポールみたいになってしまうのかよ、なんて感じで、ちょっと抵抗運動でもしてやろうかと思ったくらいだ。
しかし、今ではすっかり肯定派になってしまった。ポイ捨てに罰金? ああいいとも、どんどん取ってやりなさいよ。なぜこうも簡単に変節してしまったのかって? それは日本に、東京に戻って現実を目にしたからだ。
まったく、東京って街は本当に汚い街だと思う。ゴミは散らかり放題、煙草の吸い殻は捨て放題、酔っぱらいのゲロは吐き出し放題で、街中がゴミ箱。日本人よ、恥ずかしくないのか! 先進国だなんだと言っているけど、こんなところをASEAN諸国の代表に見られたらどうするんだ。そのときだけきれいにするんだろうなあ、きっと。
駅を降りたらチラシをもらった。つまらないサラ金の案内だ。でも、しっかりとポケットに入れてしまう。捨てると罰金を取られるから……なんて一瞬思ったけど、そういえばここは日本だったと思い直し、ポイと捨てた。
足を止めて周囲を見回しても、警官の一人も寄ってこない。おかしいな。こういう行為はきっちり取り締まるのが常識だろう。
日本人も、少しはタイ人を見習ったらどうだ!
タイで自動車を運転する
機会があって、このあいだ初めてバンコクで自動車を運転した。地方では何度か運転したことがあるが、バンコクでは意識的に避けていた。あの渋滞だったら当然だよね。
で、走ってみればすぐに気づくんだけど、とにかくこの街には日本にないものが多すぎる。路上に停めた車の間からラーメン屋台が飛び出てくるなんてことは日本にはないし、割り込んできたオートバイが拳銃で威嚇してくる……なんてことも、まずない。クラクション殺人ならあるけれど、そんな話ならタイだってあるし数も多い。
それで思ったのだが、この街で車を運転するには運転技術だけではだめだってこと。ヘタでもかまわない、大切なのは「タイ式ルール」を正しく理解することだろう。
タクシーに乗っていたら、直線で前方車両を抜くときに、運転手が右に左にとウインカーを点滅させた。なんの合図とたずねると彼は、
「フェイントさ」
と言って笑う。信号のない交差点へ進入する際はハザードランプを点滅させる。
「これ、日本じゃなにに使ってるんだい?」
一時停車のときに使うんだけど、そういえばタイで使っている人は見かけない。停車のときに使ってみても、「あんた、電気消しわすれてるよ」って注意されるだけだろう。
意地を張ってもしかたがないか、ここでは。
ダンスしないか
タイ人の踊り好きは有名だ。祭りとあれば踊るし、うれしいことがあれば踊る。ディスコに連れて行けば3時間はブッ通しで踊るから、こっちの体のほうがもたない。
踊り好きのこの傾向は地方出身者の女性ほど強く、気楽な気持ちで女の子をディスコに誘ったりすると、翌日腰が抜けてしまう。彼女たちは、たとえ仕事や生活に疲れるとしても、踊り疲れることはない。
ハイレグの水着姿で身をくねらせるゴーゴー・ガールは自分のために踊る。踊って客の目を引いて、仕事が終わればディスコでウサを晴らす。酒を飲んだら酔っぱらったおばさんが踊る。モーラム(タイ民謡)が聞こえるとイサーン(タイ東北部)出身の娘たちの体は勝手に動き出してしまう。
タイ・ダンス特有の身のこなしは小学校で教えてくれるらしいが、このノリは生まれついてのものだろう。
「タイダンスは田舎者の踊りだ」 と言う人もいるらしいが、そういう人はたいてい華僑系タイ人で、多くの日本人と同様に、先天的にリズム感が平坦だ。喜怒哀楽の激しいのがタイ人の特徴だが、喜びを躍りで表現できないタイ人というのもちょっと寂しい存在だ。
あるいは、これは外国人が勝手に思っているだけの幻想かな。
やってみるかい?
やってみるかい? 宝くじだよ。タイ語でロッタリィっていうあれだな。2枚一組で40バーツ。おっと、手数料ももらおうか。でもなあ、1等は600万バーツだぜ。街のあちこちで売っているだろう。どこでだれから買ってもいいんだ。みんな自分の好きな番号を選んで買ってるみたいだな。誕生日とか、縁起のいい数字とかな。抽選は月2回だから忘れずに新聞をチェックしとくんだぞ。街に出れば1枚1バーツで当選番号表も買えるけどな。
なに、当たったってのかい? それならラーチャダムナン・クラン通りにある政府宝くじ局へ行くんだな。あそこにゃ運のいいヤツらが大勢集まるぜ。ああ、俺も一度でいいから行ってみたいよなあ。
そうそう、いいこと教えといてやろうか。くじに当たった運のいい連中はみんな早死にするっていう噂だぜ。さあねえ、理由なんてわからねえよ。宝くじで最後の運を使っちまったんじゃないのかな。噂だよ噂、気にするなって。
なに? 当選金で裏の宝くじやってみてえ? それじゃあ、ちょっとこっちへきな。俺がいいところを教えてやるよ。
心配するなって。俺の言うとおりにしてりゃ、絶対勝てるんだからな……
他人に自慢できるものを持っているか?
あなたが他人に自慢できることはなんですか? 出身校? 在学中の大学名? 貯金通帳の残高? 働いている会社名? 頭のよさ? 性格のよさ? 人脈? あなたはタイ人に向かってそれを納得させることができますか?
なぜこのようなことを思いついたかというと、先日、私の寝泊まりしているゲストハウスで突発的に隠し芸大会が始まったときことだ。欧米人のバックパッカーの一人がミカンを使ってお手玉を始めた。2個、3個、4個、5個とミカンを増やして、それを器用に操る。別の男は手品を始め、ハンカチを消したり空中から煙草を取り出したりする。自国でいったいなにをやってるいる人たちなのかと思うけど、なかなかすばらしい。下働きの女の子たちなどは目をきらきらと輝かせ、うっとりと見入っている。
そんな女の子の一人がこう言った。
「あんたもなにかやってよ。なにかできるでしょ?」
いきなりそんなことを言われてもねえ……。しかしまったくそのとおりで、こういう人たちには口で言っても始まらない。芸は身を助けるというのは本当で、やはり手品か曲芸のひとつは身につけておかないといけないのかもしれない。
日本人はどうして立派なのと問われたら、すぐにその立派さを証明しなければならない。大学の卒業証書を見せたり、社員バッジを見せつけたりしても、それがどうした? 真に立派な人間なら、無一文の素っ裸になっても相手を感心させるだけの「なにか」をぜせひとも身につけておきたいものだ。
それで隠し芸のときになにを発表したかって? それはもちろん秘密です。秘密をばらしたら隠し芸にならないものね。
両鼻に思い切り突っ込んで
市バスの中などで人々が鼻に妙なものを突っ込んでいる。日本ではあまりなじみがないが、タイではごく一般的な光景だ。あまりの暑さで鼻血でも出してるのかな? いえいえそれは違います。彼らは 「インへラー」 を吸入しているのです。
この、タイ語でヤー・ドムと呼ばれるインヘラーの小さな容器の中には香りの強い物質が入っている。それを吸って気付けにするのだ。意識を失いそうになる熱帯の暑さの中では欠かせない必需品なのだろう。雑貨屋には必ず置いてあるし、長距離バスや鉄道の車内販売でも売っている。
このインヘラーも、なんだっていいわけではないようだ。気付けといえばメントールを想像するが、このメントールのかたまりのようなヴィックス製のインヘラーはいまひとつ人気がない。かわりに売れているのは、どことなく水っぽいような香りのするもので、刺激性は少ないが、かいでいると安心を覚えるらしい。
人前でこんなものを突っ込むのは、日本人には抵抗があるが、タイ人。それどころか、効率的に吸い込めるようダブルノズルのヤー・ドムも発売された。恥ずかしいなあ、タイ人は……と思っていたら、今度はこのヤー・ドムを日本で販売する業者が登場した。
今年の夏あたりに日本でも大ブレイクするってことは、まずないだろうなあ。
アジアレストラン・シンドローム
ベトナムのある町で汁そばを頼んだら、具の中央に白い粉が美しい円錐型に盛り付けられていた。いったいなんの具だろう? 顔を近づけてよく見ると、どうやら結晶のようだ。縁起担ぎの盛り塩かな? しかし、まさか汁そばで縁起担ぎなんて。
と思ってさらによく見ると、結晶が細長い。覚醒剤? いやいやまさか。その正体は化学調味料ですよ。私が外国人だからというので、特別に美しく盛りつけてくれたらしい。
しかし、これほど大量の化学調味料なんて食べられたものじゃない。しかたがないので半分以上捨てたら、お店の女の子たちは彼らは悲しい顔をした。せっかくの行為だったから、そのままいただくべきだったのだろうか。でも、あんなもの食べたら舌がしびれて味などわからなくなってしまうところだ。
アジアの料理は化学調味料に支配されている。タイ料理には必ず使われているし、ラオスの食堂のテーブルの上には、「ご自由にどうぞ」 と置かれている。粉末チキンスープの素を入れて隠し味にしている屋台もあるが、そこはグルメ人の間で評判だ。
ホットなタイ料理を食べると全身がしびれたようになるが、それはトウガラシの刺激だけではなく過度のグルタミン酸で手足がシビレているのかもしれない。こういったものに敏感なアメリカ人の間には、「チャイナレストラン・シンドローム」 という症状があるらしい。中華料理に入っている多量の化学調味料のおかげで食後にシビレが出るというものだ。
タイ料理の刺激は楽しいが、こういう刺激はちょっとねえ。
まずい料理
タイ料理店の不思議なのは、あまりハズレがないこと。日本のタイ料理店は別だけど、思い切りまずい料理を出す食堂や屋台はあまりない。
まずい料理を出す食堂を思い浮かべると、カオサン通りのゲストハウス付き食堂のことが思い出される。ここいらで出されるタイ料理はけっこうまずい。そこで、「なぜこれほどまずいのか」 とあるゲストハウスでたずねてみたところ、「それが西洋人のためなのさ」 という返事が返ってきた。普通のタイ風食堂の味付けや盛り付けにして出しても、たいていの西洋人は食べつけず、みんな残してしまうらしい。この人たちはビジネスと割り切ってまずい料理を作っているのである。
経営者たちの心労のほどが察せられるが、味付けをマイルドにしたまずい料理でないと食べられない外国人というのも情けないと私などは思う。しかし、合理的精神に慣れ親しんだ彼ら欧米人は、「いくらおいしいと言われても、食べておいしいと感じなかったら意味がない」 などと言う。うーん、まったくそのとおりなんだけど、そんなものかなあ。
うまいとかまずいとかいう評価の基準はどこにあるのだろう。本物とはるかにかけ離れていても、食べる人が満足すれば、それはおいしい料理なんだろうな。きっと。 |