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サッカー少年として名古屋に育った奥岡氏の夢は、いつかブラジルに行って暮らすことだった。その夢を現実化するために、彼は大学でポルトガル語を専攻する。 「ずっと海外で働くことしか頭にありませんでした。特にラテンアメリカに強いあこがれがあって、なんとしても行きたかったんです」 ![]() そして入社したのは建設会社の大手、東急建設。それというのも、同社にブラジル進出のプランがあったからだ。 だが、東南アジアなどまったく眼中になかった彼は、赴任してきたタイで大失敗をしてしまった。現地スタッフに日本式の厳しい仕事のやり方を押し付けたのである。おかげで彼らから総スカンを食らった彼は、たった半年で日本に戻されてしまった。 「でもすぐに呼び戻されました。それまでの古いやり方では仕事が進まないことに、彼らが気づいたんですよ」 そうやって今度は南部プーケットでのプロジェクトに参加したが、3年半の任期がすむと、再び日本に戻されてしまう。日本でもう一度勉強し直せという命令だった。 「それと、僕の場合は語学力を買われましたね。英語、ポルトガル語、スペイン語、タイ語など、趣味で覚えた外国語がいくつもある。こんな男は社内にそういない」 タイに戻ると水を得た魚で、数々のプロジェクトを成功させた。96年から始まった、地盤の弱いバンコクで地下鉄を掘るという難事業も彼の担当である。 「仕事は日本的にやるけど、心は日本から完全に離れていたのがよかったんでしょう。その国が好きだから一所懸命に仕事する。好きだからここに暮らしている。だからすべてがうまくいく。なにごとも、『好きこそものの上手なれ』ですね」 |
プロフィールIZUMI OKUOKA 1956年、愛知県名古屋市出身。 |
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