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稲丸氏の海外赴任が決まったのは突然のことだった。 ある日、平八亭バンコク支店の次期支配人候補に自分の名前があることを知り、驚く間もなく決定してしまった。彼にとっての海外とは研修で行ったハワイ旅行の思い出しかなく、海外で働こうという意志もほとんどなかったから、まさに寝耳に水の話である。 ![]() 「同じ日本人相手の店なら、日本だろうが外国だろうが一緒だろう」 と思い、あまり深く悩まずに辞令を受け取った。 困ったのはそれからだった。バンコクに行くとわかっても、それが世界のどこにあるのか知らなかった。赴任が決まってからあわててガイドブックを買ったくらいで、英語力もほとんどなく、タイ語などは完全にお手上げの状態。いちおう日本でタイ語の基礎を学んでみたものの、日本語にはない独特の声調が難しく、現地ではまったく通じなかった。 「バンコクの街は大阪に似ているところがあるので違和感はなかったんですが、言葉や習慣の違いに困りまして、到着から2カ月めくらいにストレスがピークに達しました」 その困惑を乗り切らせたのが、タイ人たちの明るさだった。熱帯の気候がそうさせるのか、みんな陽気で非常に明るく、彼らに乗せられているうちに、暗い気分も明るくなっていったという。 「まだまだ若い人間ですが、人の心の痛みはよくわかっているつもりです。文化や習慣は違っていても人の心は同じですから、それさえ理解すれば、人種が多少違っても問題はありませんよ」 むしろ困るのは、予想していた以上の交通渋滞らしい。 「バンコクは世界で一番渋滞のひどい街で、市内をちょっと移動するだけで何時間もかかってしまいます。そんな苦労をしてまで足を運んでくださるのだから、こちらも誠心誠意のもてなしをするよう努力しなければいけないんです」 将来は自分自身の店を持つのが夢と語る彼の現在の仕事は、すべてのお客に満足感を与えること。そのための努力と苦労は、赴任から10カ月以上たった今でも忘れずに続けられている。 |
プロフィールKAZUHIRO INAMARU 1967年、和歌山県和歌山市生まれ。 |
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