チャンスは人からもらうもの

HILTON INTRNATIONAL HOTEL
SALES MANAGER

室井 孝謙

 

 

 横浜市内の高級ホテルで充実のホテルマン生活を送っていた室井氏に、突然転職の話が持ちかけられた。勤務地は東南アジアだ。

「上司からいきなり、『タイのホテルで働かないか』 と言われたんです。それでホテルを移ることにしました。生まれついての受動的な人間で、なんでも他人まかせだから深く考えず、そのまま言いなりになってしまいました」

 行ったのは、バンコク市内、チャオプラヤー川沿いにあるマリオット・ロイヤルガーデン・ホテル。
 しかし、本当になにも考えずに決めたから、行ってしまってから大あわて。なにしろ語学力がないものだから、意志の疎通がまったくできない。
 もっと驚いたのは給料だった。横浜で働いていたころより安くなると言われていたが、物価も安いと教えられていたので、以前よりいい生活ができると思っていたのだ。

「ところが実際に来てみると、物価は日本の半分程度と安いんですが、給料がタイ人スタッフと同じで、月4万円なんですよ。もう、すっかりだまされた気分でした」

 いくら物価の安い国とはいえ、外国人が月4万円の予算で暮らすのは大変だ。しかも、文化も習慣も違う国にただ一人である。
 毎日が不安との戦いで日本に帰りたいと何度も思ったが、それでも1年の契約期間が終了するまでは、たとえだまされても安月給でも耐え抜かなければならないのだ。

「でも、変な話なんですが、自分を窮地に立たせるのが好きなんですね。取り返しのつかないところまで行ってこらえるのが快感で、それを楽しんでいるところがあるんです」

 困ったときはタイ人スタッフが助けてくれた。自分の意志はボディランゲージや絵で伝える。

「サッカーで言うアイコンタクトですね。目と目を合わせて意志を通じ合わせる。必死になれば、これがけっこう通じるんですよ」

 赴任当初はフロントに立っていたが、今では出世して営業職にまわり、給料も一般的な外国人が得る金額にまで達するようになった。そうなるとこの国での仕事がおもしろくなってきて、当初は1年限りで帰国するつもりだった室井氏だが、しっかり契約を延長し、今では同じバンコク市内のヒルトン・インターナショナル・ホテルでよりよい労働環境を得ている。

「他人まかせでここまで来たんですけど、他人が親切にしてくれるのも、良好な人間関係を築いているからですよ。そうしていれば必ずチャンスがくる。チャンスが来ないような人は、きちんとした人間関係が作れない人なんです」

 ホテル運営の基本は人間関係にある。それは人生の場合でも同じなのだ。

 

 

プロフィール
TAKANORI MUROI

 1970年、埼玉県浦和市出身。
 東京YMCA国際ホテル専門学校を卒業し、1991年4月から3年半にわたって横浜グランド・インターコンチネンタル・ホテルに勤務したのち、なかばだまされたようなかたちでバンコク市内のマリオット・ロイヤル・ガーデン・リバーサイド・ホテルに入社。
 現在はヒルトン・インターナショナル・バンコクでセールスを担当。
 甘いマスクとサッカーで鍛えた肉体が魅力のナイスガイ。
 バンコク日本人サッカーチームの主力選手。

 

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