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日本ではイラストレーターをしていたが、「毎日に退屈を感じて」 1990年に、突然だが東南アジア旅行を思い立ったのが、現在ベトナムで充実した毎日を送っている石原文春氏である。 「とにかく、金より大切なものをいつも求めていた。それが東南アジアにはあるように思えたから」 ![]() 思い立ったら吉日とばかり即座に職を捨て日本を飛び出し、数カ国を旅した後、彼は定住の地をベトナムに選ぶ。 「このほかにも職を点々としているとしているんですね。日本じゃ落ち着きのない人間って思われるかもしれないけど、外国は違う。能力や、自分のやりたいことに応じて職場を選ぶのが常識。それを実践しているだけなんです」 そうやって転職を繰り返して見つけた次の職場は、日本航空の会報などを作成しているリサーチ会社ジャパナム。その理由は、 「仕事に追われずマイペースでやっていこう、という社長の考え方に同調しただけですよ」 仕事に追われないし残業がない、嫌いな仕事はしないでいい、休暇も自由に取れる……日本では絶対に無理な環境がこの会社にはあったという。もちろん給料もそれに見合ったもので、日本時代の数分の1。しかし、日本語教師時代でわずか100ドル、BGI社時代でも300ドルの月給だったというから、金が目的だとしたら、すでに日本に帰っていただろう。 技術があり、異国での生活にも違和感がなく、どんな環境でも生活していく自信を持つ同氏なのだが、やはり大切なのは給料よりも、ひそかに描く人生の目標達成らしい。 「大きいことはいいことだ、の精神で育った世代の人間なので、細かいことは気にしない。それがいい方向に働いていると思いますよ」 こうしたおおらかな人間性こそ、東南アジアで働く人間の必須条件なのである。 |
プロフィールFUMIHARU ISIWARA 1958年、東京都大田区生まれ。 1997年に独立し、現在は三日堂デザイン本舗、通称 mic の代表。 |
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