行ってしまえばなんとかなる

HAY VIMEX ENG.CO.,LTD.
MANAGING DIRECTOR

安池 友之

 

 

 転職は以前から頭にあった。未婚だったし身軽でもあった。そんなとき人事異動があり、不満を持った彼は思い切って10年間勤めた会社を辞めた。

 肩の荷を下ろした彼は、骨休みをかねて海外にでも行ってみようと考えた。それでも、ただ遊びに行くだけではつまらない。将来有望な国に行っておけば、その後の生活に役立つ国だろう。

 そう考えて選んだのが、学生時代に1度訪れたことのあるベトナムだった。将来性を考えれば中国もよかったが、この国にはエキスパートが多数いるので、今から彼らに追いつくのは大変だと思ったうえでの選択である。

 ベトナムに渡った彼の計画は、まずベトナム語を1年間勉強し、そのあとの2年でビジネスの下地を作ろうというものだった。

「3年たってもものにならなかったら、いさぎよく日本に帰ろうと思ってました」

 長期的な目標の元、彼はベトナムで事業を始める。まずは貿易業でもと思い、ペット用の子豚や乾燥アワビに代表される中華食材の輸出などを手掛けてみたが、すべて失敗。日本ではセールス職しかしたことがなく、輸出品の質を見極める目を持っていなかったのが失敗の原因だった。

 それであわてて勉強し、気を引き締めて再挑戦したが、得意のコンピュータ部品をあつかった仕事だけは成功したものの、全体的にはうまくいかず、彼は大きな挫折を味わう。

「甘かったですね。専門技術がない人間には、本当に難しい仕事でした」

 さらに難しかったのは、取引相手の心を見抜くことだった。これだけは、いくら書籍で勉強しても身につかない。

「しかし、若くして独立して成功した人たちは、みんな人を見極める目を持っているんですよ」

 試行錯誤で前進しているため出費も多い。日本から持ち出した金も、今ではほとんど底を突きかけている。しかし、生活費の安いベトナムにいれば、それほど不安はないと彼は言う。金がなくても人間らしい生活ができるから、彼はこの国にいるのである。

「どんなことでも、実際にやってみないとわからないものなんですよ。だから失敗も多いけど、深く考えずに行動してます」

 新しい挑戦として、いま彼はベトナム人芸術家の養成に励んでいる。将来はギャラリーをオープンさせ、彼らを世界に紹介するのが夢だ。

 

 

プロフィール
TOMOYUKI YASUIKE

 1958年、神奈川県相模原市生まれ。38歳。
 中央大学文学部哲学科卒業後、キヤノン販売に入社。
 10年半勤務した後に退社し、休暇旅行をかねて1993年5月にベトナムに行くと現地で1年間ベトナム人相手に日本語を教え、同時にベトナム語を学ぶ。
 1996年、貿易を主に取り扱うハイ・ヴィメックス・エンジニアリング社を設立し、現在はベトナム人芸術家の養成に挑戦中。

 

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