ベトナムがわたしを呼んでいた

HOTEL EQUATORIAL HO CHI MINH CITY
JAPANESE GUEST RELATION OFFICER

松井 丈美

 

 

「11年もの間、ずっとコンピュータ・プログラミングの世界に生きてきたから、そろそろ辞めてもいいだろう」

 そう思って松井さんは銀行での仕事を辞め、友人の誘いを受けてカナダに向かった。しかし、英語力がまったくないし、海外での生活も初めてのことで、困惑の日々が続く。

「でも、しばらくすると慣れてきて、このままずっといたいと思うようになったんです」

 だが、そのために必要な予算はなかった。しかたなく仕事を探してみたが、見つかったのはホテルでのサービス職で、コンピュータ関係以外の職歴がまったくない彼女は、ただオロオロするだけの毎日だった。

 その後、カナダの滞在ビザが切れると彼女は日本に戻ってくる。しかし当時はバブルが終わった直後の不景気で、仕事はどこにもなかった。カナダでの経験を生かし、とりあえず地元のホテルで働いてみたが、どうにも満足できない。

 そんなふうに思い悩んでいた95年の春のこと。トランジットで立ち寄ったベトナムのホー・チ・ミン・シティが彼女の運命を変えた。雑踏、騒音、人いきれ……世界を見回してもこれほど刺激の強い街はなく、ほんのわずかの滞在だったにもかかわらず、彼女に強い印象を与えた。

「でも、わたしにはハードすぎます。たぶん、もう来ることはないと思ってベトナムを出ました」

 しかし、運命は彼女を再びベトナムへ引き寄せた。同年7月、夏休みを利用してカナダへの旅行を計画した際に調べると、以前はひどく大変だったベトナムへの入国ビザがあっけないほど簡単に取れることがわかった。その瞬間に、「ベトナムが呼んでいる」 と感じた彼女は予定を変更し、もう行くことはないと思っていたベトナムを再訪する。

「そのとき、街をぶらぶら歩いていて見つけたのがこのエクアトリアル・ホテルなんです。スタッフの対応がものすごくよくて、本当にいいホテルだと思いました」

 好印象が忘れられず、彼女は日本での仕事を年末に辞め、本格的に働くためベトナムに赴く。そしてエクアトリアルに行ってみると幸運にも職があると言われ、即座に就職を決めた。住み込みで1日16時間も働く毎日だが、仕事は楽しい。

「いまでは街がわたしを呼びよせたと本当に信じています。これもまた運命ですね」

 運命を信じる彼女は、もうどこにも行かず、この街でずっと暮らそうと心に決めている。

 

 

プロフィール
TAKEMI MATSUI

 1961年、北海道足寄生まれ。
 北海道拓殖銀行でコンピュータ・プログラム関係の職を11年間続けた後に退職し、カナダに渡ってまったく経験のないまま現地のホテルで働く。
 同地で1年半をすごすと北海道に戻ってホテル勤務をしながら専門学校で教鞭をとり、1996年1月からベトナムへ。
 翌2月にはホー・チ・ミン市内のエクアトリアル・ホテル就職し、現在ゲスト・リレーション係として勤務中。

 

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