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飲食業が好きで、社会人になって以来この道一筋で来たのが石井和彦氏。日本国内で迷いなく働いていたのだが、1980年のフィリピン旅行をきっかけに海外に目覚めた。 「いつかは自分の店を持ちたいと思っていたんですが、あのときから、『海外で働きたい』、『海外で日本食のレストランを開きたい』 という思いが押さえきれなくなったんです」 ![]() 以後、海外に何度か足を向けるたびにその思いは強くなっていく。 「毎日が本当に楽しいです。仕事とはもっと楽しむべきものだとずっと思ってましたから、今の状態はもう最高。仕事にも力が入りますよ」 海外で働く……いったいなにがそれほど彼を魅きつけるのか。 「海外の店で働いていたら気づいたんです。日本で働くのはずいぶん息苦しかったってね」 どこの職場にもある人間関係の複雑さや難しさ。実際の仕事以上にこれが彼にとって負担になっていた。それが日本人のほとんどいない海外の職場に出たとたん、すべて解消されてしまったのだ。 もちろん海外勤務には海外勤務なりの苦労がある。言葉や風俗習慣の違いなどはその代表だし、さらには、だれもが必ず感じるという単身赴任のつらさも味わっている。 「海外で自分を試す魅力に負けている」 と語る石井氏は、海外には接待に使うような高級で高価な料理店ばかり多いことを嘆き、若い日本人がもっと気楽に楽しめる店を増やそうと、日本レストランのコンサルタント会社を設立。本社を香港に置いたから、日本からはまた遠くなった。 「でも、一度海外で働く楽しみを味わっちゃうと、もう日本では働けません。充実度が違いますから」 唯一気掛かりなのは子供のことだと言いながらも、彼は今またバンコクでレストラン・マネージングを検討中。新たな開店計画を語る彼の顔は20代前半の男の顔になっている。 |
プロフィールKAZUHIKO ISHII 1957年、千葉県安房郡生まれ。 1989年、海外勤務に魅力を感じて六本木南蛮亭に入社し、同店の香港支店を3年間指導。 海外の南蛮亭支店を監督しながら南蛮亭サイゴン店(現在は閉店)をマネージングし、香港に本部を置く飲食店経営コンサルタント会社も経営した。 現在はベトナムのホーチミン市で『串処 膳』を経営。さらにはマニラへも進出検討中。 広東語、タガログ語、英語、ベトナム語に堪能。タイ語はただいま学習中。 |
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