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プロローグ
1997年8月末、我々はハノイに飛ぶ。北部国境を抜けて中国に入るためだ。
しかし予想外に準備が難航し、簡単には旅立てない。
まずはビザ。
幸い中国、ラオスともHCMに領事館があるので、時間の自由がきく私がビザ取得を担当。ラオス領事館は難なく通過したが、中国領事館、私のパスポートの残りページが少ないとビザ発給を拒否。
「おいおい、まだここも、ほらここも、ページ残ってるじゃん」
などといってみたが、
「増補して出直しな」
の一言が返ってくる。しかたなく日本領事館へ向かったのであった。
ビザが片付いても、まだ出発できない。
次なるハードルは、ベトナムの 「出国地変更」 だ。
ベトナムのビザには出入国の場所が書かれていて、そこ以外からは出入国できない。
今回はラオカイという北部国境の町から陸路で中国の河口という町に抜けるので、「ラオカイから出国してヨーシ」 というお墨付きをもらわなければならない。
ちなみにビザ取得時に毎回すべての開かれた国境を書いて申告するのだが、いまだにHCMとハノイの空港以外許可になったことはない(プノンペンでビザを取ると、陸路の国境モクバイだけは追加されるが)。
そこで、HCMのイミグレーションオフィスに行く。5ドルの手数料でペタッとはんこを1発押してくれるはずだ。ところが…
「北の国境はハノイのイミグレの担当だからここではできない。ハノイに行って手続きするように」
えっ、イミグレって全国組織じゃないの???
我々はハノイでイミグレーションオフィスに行ってる時間が惜しいのだ。そんなことで休日が1〜2日つぶれるのは本当に無駄。なんとかHCMではんこをもらわなければならない。
バックパッカー御用達の旅行会社で断られ、ツアー客御用達では
「50ドルで1週間」
そんな時間も、お金もないよぅ。なんでイミグレに行くと5ドルなのに、キミんとこは50ドルもするんだ?
結局ある日系の旅行会社にコネをフル活用してもらって、20ドルではんこをもらった。
次はエアチケット。
我々は基本的に、陸路で行けるところは陸路で行く主義なのだが、汽車でハノイまで36時間は長すぎる。しかたなく時間を金で買うことにした。
HCM→ハノイとビエンチャン→ハノイ→HCMという変則的な区間を飛行機利用にするので、国際線と国内線が絡み合い、いくつかの発券方法が考えられる。
そのうち一番安いのはどれだ!
あるエージェントのお姉さんがいやな顔もせず調べてくれて、無事入手した。
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